光子は電荷をもたないから直進する。

だが、空間のゆがみによりその限りではない。

 

空間の歪みとはその空間に存在する物体の重力によるものだ。

 

 

ただ、対生成において一定のエネルギーレベル(波長)の光子(ガンマ線)がぶつかると電子(e-)と陽電子(e+)が生まれる。

 

電子と陽電子はそれぞれ511kevの静止エネルギーを持つ。

 

 

光子は電荷を持たず、質量も持たないとされるが、対生成により容易に質量を持つ粒子に変化することから、本当に質量を持たないのか?と疑問が出てしまう。

 

光子自体は電荷を持たないというよりはプラマイゼロでしかないのではないだろうか?

しかし光子が二つ相まみえると同じ光子に見えながらも微妙に違い、どちらかがプラスでどちらかはマイナスであると確定することで、その瞬間に粒子と反粒子になるのではないだろうか?

 

例えるなら、二人の聖人がいたとして、極端かもしれないがどちらかを悪人と判定しなければいけないとしたら、その二人が相まみえるまでは、どちらとも光そのものであるが、相まみえた瞬間、どちらかがプラス(神)であり、どちらかはマイナス(悪神)と判定しなければいけないようである。

 

電子と陽電子は磁場によるローレンツ力で光子とは違い螺旋軌道を描き、その際お互い電荷が違うので回転方向も逆である。

また、電子(粒子)と陽電子(反粒子)が衝突した際にそれぞれの静止エネルギーである511kevと同等の運動エネルギーを持つ光子に変換される(対消滅)具体的には511kevのエネルギーを持つガンマ線として観測されます。

 

先日成り立ちという記事において黄金比螺旋の話をしましたが、高密度の天体(ブラックホールや恒星の始まり)の中心はこうした高エネルギーのプラズマの嵐が吹き荒れる(実際は密度が高すぎるため動く隙間もない)中、対消滅と対生成を繰り返しながら放出と吸収を同時にしている。

 

それはちょうど雄ねじと雌ねじに似ていて、ゼロ点において交差している。

または、入店と来店を同時にしないとお店に入れない繁盛店のようでもある。