最近は行動に移すことが迫られています。

プレッシャーに感じるものでは決してないのですが、私の興味や期待感はすでにこうして、語るのみでは物足りなくなっています。

ここでは、語らないこともあります。

実際に、最下層の虐げられた人々の地位向上や、戦争の無い世界,お金のいらない世界を作るための具体的な手立てなどを、実行に移すことです。

ただ、頭の中は一杯一杯で、多分焦っているようです。

お金のいらない世界といいながら、その全段階でお金が必要なのではないかとか、一人でできることに対して限界を感じていたり。

書き出してみると、不安、恐れがあることに気づく。
どのみち、不安を抱えているうたは、その不安どおりにしかならないと気づいているのだから、目の前のことをするしかないのに…。
何を焦っているのだろうか?

それは、危機感だろう。

もう、待ったなしなんだとわかっているからかもしれない。

どこを見渡しても、虐げられた人々で溢れている。

抜け出したくても自力では脱することのできぬ地獄にいる人々がいる。

その人は何か悪事を働いたのだろうか?

否、ただ単に産まれた場所、家庭が貧乏だったがため、また、産まれた国が悪かったため、産まれながらに虐げられてきた。

その人は何も悪くない。
産まれる場所により人生の大半が決まる今の世界は間違っている。

それを変えたいのに、私は無力感を感じていて、じれているのかもしれない。

でも、どんなに焦ろうがやれるこてはたかが知れていて、行動の幅も限られている。

やれることはできるだけ、可能性の幅を広げる行動をし、理想の姿にたどり着く道を増やす事と、仲間を増やすこと、そして、それに向かい諦めずに動き続けることだ。

仮に世界は多次元であろうと、今自分が所属する世界を脱するまでは、その世界で出会い愛したものに力を注ぎ共に暮らし、この世界をより穏やかで暮らしやすい世界にすることは、どの次元に移ろうとも変わりはしないだろう。

現実が仮に幻想であろうと、この場所で全力を尽くすことができなければ、どの次元、どの世界に行ったところで満足は得られはしないだろう。

宇宙人が現れようが神が現れようが、覚悟を決め、行動するのは自分なのだから周りは関係ないのだ。

自分がどう思い、何をするかは、結局の所自分自身なのだ。

囚われてはいけない。