「この世界は自分が望めばなんでもできる可能性は無限大の世界だ」

と、スピリチュアル的な世界に浸っている人や、ポジティブ思考に固執した方々は言うでしょう。

私はポジティブもネガティブもひっくるめてフラットに物事を捉える事を心掛けています。

私は定期的に運命やら人生の選択について考える時期があります。

まぁ、その他の考察もぐるぐると、順番に回りながらあちこちに寄り道しながら自分の興味のまま、世界の見方や、真理を自分なりに見極めようとしているのでしょうが、今回は人生の選択について記述していきます。

人は生命として生まれた瞬間に自由を失います。

肉体を持ちこの世に誕生した瞬間を絶対過去とすると人はその対極である死である絶対未来に向かい時空間を進み始めます。

これは、今の段階ではほぼ確実です。

そして、生まれた瞬間に多くの可能性が消えます。
当たり前ですが、自分が白色人種で生まれる可能性や日本以外で生まれる可能性などの、持って生まれた外部環境などの自動的な人生の選択により必然的に無限の全方向への選択肢は、ある範囲にしか行けなくなります。

その後も人生を重ねるごとに、その範囲は狭まっていき、最後には点になります。
点とは、肉体の死であり、ここから人は別な物に変容しますので、まずは肉体の死、崩壊までを考察します。
(肉体が無くなっても魂は残り意識は永遠だという考え方もありますが、ここでは、今生の今の肉体の中での可能性についてを述べていますので、その辺りの考察は別の機会にします。)
今この瞬間の決断と実行と実績はその後の時空に影響を与えます。

何かを選択し行動すると何かしらの結果を得る。
すると、それ以降の未来はその結果の元に確定した未来となる。
つまりそれを実行した未来以外は必然的に消滅する。
ただ、実行したあとでも、取り返しのきく行動というものもありますが、これは機を逸し、そこから離れるほど、可能性は低下していきます。

望むにしろ、しないにしろ、無自覚に生きていたとしても、日に日に、選択の幅はなくなり、人によっては焦り、じり貧と思うでしょう。

そうならないためには、人生の着地点から今を見て敢えて、自分で選択の幅を狭めることです。

未来の着地点が今の時空から遠いほどそこにたどり着く可能性は広くなります。
次回に続きます。