凝り性 勝之進のこだわり日記

凝り性 勝之進のこだわり日記

★Livin' On A Prayer★Once upon a time Not so long ago・・・ 
 

弥山から下りてきた後は、
大願寺と大聖院に向かいました。

◆まず大願寺です。


寺伝によれば、大願寺は、弘法大師
(空海、真言宗開祖、8世紀末)が創建し、
1200年頃に僧・了海が再興したとされており、
厳島神社と同じくらい古い寺です。

大願寺には、弘法大師が彫ったと
伝わる弁財天像があります。

もともとは、厳島神社の御本殿に祀られて
いたのですが、明治維新の神仏分離令により、
厳島神社から大願寺に移設されました。

1千年以上も安置されていた像を、
政治的理由で動かすのはいかがなものかと
思いますが、その後、幸いにも戦火にも

会わず、今日に至っています。

その歴史的な価値から、この弁財天像は、
日本三大弁財天の一つとなっています。

ちなみに、あと2つは竹生島の宝巌寺と
神奈川県・江ノ島の江島神社の弁財天です。

日本では、弁財天は七福神の一人として

崇敬を集めていますが、もともとは、
インド・ヒンズー教の神であり、
金運、芸能、水をつかさどる女神であります。

そして、大願寺の弁財天は、

普段は拝むことができず、1年に1度、

大願寺大祭の開かれる6月17日の

数時間だけ御開帳されます。

昔は60年に一度の御開帳だったそうですが

秘仏中の秘仏であるため、厳格に撮影が

禁止されており、私が調べた限り、

ネット上に画像はありませんでした。

肉眼で見た方のコメントを拝見すると、
弁天様は、50~60センチくらいの
八臂(はっぴ:手が8本)姿で、
頭の上に、白いヘビの体を持つ宇賀神が
とぐろを巻いているのだそうです。

いつかはお姿を拝みたいものです。


◆宮島には、もう一つ大聖院という立派な
お寺があります。

こちらも、弘法大師様が唐から帰ってきた後
806年に開基したとされている真言宗

御室派の大本山であり、

「日本三大厄除け開運太師」の一つです。
 

フェリーでお詣りに来る初詣客も
5~10万人はいるそうです。

ちなみに、残りの二つは、熊谷にある

「埼玉厄除け開運大師・龍泉寺」(70万人)と、

兵庫県西宮市にある「門戸厄神東光寺」

(約10万人)です。

さて、この大聖院には2つの見どころがあります。

◆一つ目は、摩尼殿に祀られている三鬼大権現です。

日本で唯一の「鬼の神様」です。

「お寺に鬼の神様がいる」というのは、
日本でしか起こりえない形ですが、
日本語に「鬼のように強い」という言葉が
あるように、霊験が最強であることを

意味しています。

仏教の最強の仏たちが、人々を救うために
鬼の神になって現れたとされる3体の化身が
祀られています。

そういえば、不動明王も、名前こそ王ですが
顔は憤怒の形相であり、火炎を纏ったお姿は
どうみても鬼ですので、鬼であることに
問題はなさそうです。

3体とは
・大日如来の化身である
 追帳鬼神(ついちょうきじん)

・虚空蔵菩薩の化身である
 時眉鬼神(じびきじん)

・不動明王の、そのまた化身である
 魔羅鬼神(まらきじん)

であり、3体併せて、全日本の天狗を
統べるとされ、その神通力はまさに
最強です。

全ての願いを叶える力を信じた
伊藤博文総理も、深く信仰されていたことが

よく知られています。

私も、三鬼大権現にお詣りして、
最強のパワーを頂いてきました。

なにかのオーラが映っています↓



◆二つ目は、遍照窟(へんしょうくつ)です。

これも、ものすごい空間で、

大聖院の地下にあります。

「全ての世の中を平和にするために
幸せの灯を、遍(あまね)く、
照らす道場(窟)」という意味で、


四国88か所の本尊が一堂に安置され、
その全ての霊場のお砂が床に埋められ、


この上を歩くことで、88か所を

お遍路したのと同じごりやくが得られる

とされ、天井には無数の灯篭が

吊り下げられています。

愛媛県・宇多津の第78番札所の郷照寺
にあった万体観音堂にも驚きましたが、
遍照窟も、まさに驚きの空間でありました。

ということで、
驚きの連続となった二つのお寺から、
強烈なパワーを頂くことができました。

  宮島はすごいところです。。。勝之進

 

(続く)


 

続いては、宮島の弥山(みせん)に登ります。
紅葉台公園入口のバス停を9時50分に

出発するマイクロバスに乗り込み、

宮島ロープウェイに乗りました。

スキー場のような6人乗りの小さな循環式
ロープウェイに乗り、約1.1キロ、

10分の空中散歩で榧谷(かやたに)駅に

つきます。

ここで乗り換えて、交差式のロープウェイに
5分乗ると、獅子岩駅に着きます。

ガイドブックやパンフレットには、
「ここから30分ほどで山頂、往復1時間」
と書かれていました。

私は、高尾山のように道幅のある舗装された
山道を登るのだろうと、勝手に思っていましたが、

 

登った方はご存じのように、ここから、
観光客には、かなりハードな山道が続きます。

コンクリートで固められていたり、
階段が整備されて歩きやすいとか、
そういうことは無く、基本的に、
ケモノミチのような細い土の道が続きます。

獅子岩駅からは、最初の10分くらいは、
下りの坂を降りていくのですが、そこから、

10分ほど登りが続きます。

 

開けた場所に出ると弥山本堂があります。
ここに、先日燃えてしまった、霊火堂も

ありました。

ここから山頂に向かうわけですが、私は既に、

かなり汗だくになってしまいました。

顎が上がるほどの上り坂を、

ふうふう言いながら約10分くらい登ります。

途中、巨大な「くぐり岩」の下をくぐり、
ようやく弥山展望台に到着します。

展望台の一番上まで行くと、一気に視界が開け、
360度の絶景が楽しめます。

こちらです。


天気も良く、遠くまで良く見えました。
ここまで来る価値のある絶景でありました。

展望台からは、大きな花崗岩の岩が見えます。

天然か、置き石かはわかりませんが、

写真を撮りたくなります。



獅子岩駅周辺から見上げると、

矢印のところに展望台が見えますが、

行きも帰りも、とにかくきつかったです。。。



◆さて、あともう一つ書いておかなければ
ならないのは、宮島の原生林の話です。

宮島は、伊勢神宮と伊弉諾神宮を結ぶ、いわゆる

「太陽の通り道」(北緯34度27分前後)の線上

にあり、古くから神の島とされていたため、

1200年以上も森林が伐採されたことがなく、

まさに手つかずの原始林があります。

日本には、同様の森林は、屋久島、春日山くらい

しかなく(いずれも世界遺産)、極めて貴重な森です。

特に宮島は、

温暖な気候で育つ植物(シイやカシ)と
冷涼な気候で育つ植物(モミやツガ)が
入り混じって生えているという特徴があり、

宮島にしか見られない固有種植物もあります。

ミヤジマシモツケ、マツブサなどが
特に珍しく、昔やってきた植物学者の

エングラー教授(独;1844~1930)は、
「一生ここにいたい」と言ったと伝わっています。

他にも、珍しいヤマグルマが自生しています。

山車は、被子植物なのに、導管がなく、

原始的な仮導管しか持たない進化途上の植物

とされています。

私が撮った碑の後ろに映り込んでいるのは

おそらくヤマグルマだと思います。



また、ホンゴウソウという珍しい植物も
自生しています。ホンゴウソウは、自分で
葉緑素を持たず、光合成をしない植物で、
周囲にある菌類から栄養を貰って生きる
「菌従属栄養植物」と呼ばれる、

珍しい植物です。

また、鹿が食べない馬酔木(あせび)だけが
群生している場所もあります。

馬酔木は、葉や花に「グラヤノトキシン」という
呼吸麻痺を引き起こす毒が含まれており、
馬が酔ったようになることから名付けられた
植物であり、鹿が食べないため、たくさん

生い茂っていました。


などなど、1200年間放置しても、森は

バランスを保って存続できるということが
実感されますし、まさに鬱蒼とした森、

という表現がピッタリの深い森でありました。

これから行かれる方は、山頂へ向かう道の脇に

珍しい植物がないか、探してみるのも
楽しいと思います。


最後は、燃えてしまってた霊火堂のとなりに
あった無人ショップで買った、2000円の
登山記念御朱印をあげておきます。

(高いけど、今行ったら買えないかも。。)


    魅力満載の島でした。。。勝之進

(続く)
 

では続いて、いよいよ、宮島に上陸します。
日本三景の一つ「安芸の宮島・厳島神社」
であります。

巨大な大鳥居や寝殿造りの厳島神社を含む
宮島は1996年12月に、日本で8番目の

世界遺産に登録されました。

◆では、2025年に宮島を訪れた人は、
どのくらいいたのでしょうか?

答えは、過去最多の496万人です。

トップは京都全体で、約5000万人!
松島が300万人くらいですので、
日本の世界遺産の中でも、

超人気のスポットということになります。

私が行った時も、外国人観光客が
大量にいて、ここは本当に日本か?
と思うくらいでした。

◆厳島神社は、いつできたのでしょうか。

最初の創建は、593年とされています。
平清盛による造営で、1168年には、

現在のような、寝殿造の社殿の原型が

できたとといわれています。

宮島は、平安時代の当時から、島全体が

「ご神体」であるとされたため、

地面に建物を建てることが憚られ、

海上に社殿を作った、と伝えられています。

清盛が作った社殿は、火災にあって焼失して

しまいましたが、その後、1242年前後に

再建され、それが現在の社殿となっている

とのことです。まさに貴重な文化遺産です。

◆これまで、人災、自然災害の被害は

なかったのでしょうか?

 

大戦での原爆投下時には、市内から

15キロ以上離れていたこともあって、

倒壊を免れました。

日本は、台風と地震などの自然災害が多く、
厳島神社も、何度も被害に遭っています。

直近では2004年の台風18号により、
社殿が損傷しました。

しかし、9代目の大鳥居(1875年造)は
過去800年にわたって、一度も倒れておらず、
2022年12月には平成の大改修を終えて、
朱塗りの美しい姿を見せてくれています。

潮の満ち干で根元が水に浸かっていたり、
巨大扁額が風を受けたりするというのに、
なぜ倒れないのでしょうか。

◆そこで、大鳥居が「倒れない秘密」を

調べてみたところ、大きく3つの工夫が

施されていることがわかりましたので、

書いておきます。

◆まず1つ目は、水面下の杭と自立です。

大鳥居の柱の下には、石の基盤があります。
ということは、鳥居の柱は、

地面につき刺さっておらず、鳥居は

「置いただけ」の「自立型」の建造物である

ということです。

これだけでも驚きですが、60トンの
大鳥居を支えるための石の下に工夫があります。
 

それが「千本杭工法」です。ベネチアと一緒、

と言えばすぐにおわかりかと思いますが、

丸太の杭を大量に地面に打ち込む工法です。

これは、水に浸る地域では有効に機能します。

地面に柱を打ち込んで木造建築を作ると、

支柱の根元に負荷がかかり続けますが、

自立型だと、「全体の位置がずれる」ことは

あっても、支柱が折れる可能性はまずありません。
よくできています。


◆2つめは、6本柱への荷重分散です。

大鳥居は、笠木を主柱2本と袖柱4本が支え、

さらに「貫(ぬき)」という水平の梁が

繋いでいて、上から見るとH型になっています。

袖柱は10メートルで、主柱13.4メートルの

丁度4分の3の高さで主柱を支えており、
思ったより「上」まであります。

この6本の柱が、笠木の重さを分散して
支えることで、正面方向の揺れや風から
鳥居を守っているのです。


◆3つめは、鳥居の上部の笠木に7トンもの
石が入っていることです。

セダンの乗用車5台分もの石を、
柱の上に乗せて大丈夫なのでしょうか。

感覚的には、鳥居の上を重くしたら、
倒れやすくなるんじゃないか、

と思いますよね。

ところが、鳥居上部を重くして重心が上に
なるマイナスよりも、重量を重くする方が、
はるかに耐風効果がある、というのです。

水の浮力を受けてしまう自立の大鳥居は
重くしないと、基盤の石からずれたり、
傾いたりしてしまうのです。

実際、笠木に石を詰めて、総重量を
53トンから60トンにしてあるのですが、
数字で言うと、どのくらい効果があるので
しょうか。

強度計算をして、大鳥居が耐えられる
理論上の風速を計算してみると、

石がない53トンでは 約 50m/s 〜 55m/s
石を入れて60トンにすると 約 57m/s 〜 62m/s
というのが試算です。

この秒速7メートルが大きいのです。

2004年の台風では、広島県に

瞬間最大風速は60.2m/sの風が吹きました。

大鳥居は、これに耐えたわけで、
石を入れていなかったら倒れていたかも、
ということです。

このほかにも、
表面の光明丹(こうみょうたん)という
朱色の塗料は、防錆と防腐の効果が高いとか、
主柱のクスノキは非常に防腐効果が高いとか、

大鳥居には様々な工夫が施されています。

恐るべし先人の知恵。

◆さて、こうした知識を元にもう一度
大鳥居を見てみましょう。

単にでかいというだけでなく、
構造物としての強度を兼ね備えている姿が
とても力強く感じられると思います。

これは満潮時です

 

干潮時はこちら

真下まで歩いていけます。

 

夜景。幻想的です。

船はくぐりませんでした。


以上、貴重な大鳥居のオハナシでした。

 

PS。備忘のために強度計算の数式を書き留めておきます。
 

安全率SF=((総重量×橋脚の幅/2))÷

(定数×風速の2乗×風を流す度合×受風面積×重心の高さ)
 

SF値が1.5を超えれば安全と言われていますが
風速40m/sでの大鳥居の安全率は2.3と

十分に安全なレベルです。

      干満差は約3~4メートル。。。勝之進


(続く)