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中国製ギョーザ中毒事件で舛添厚労相、「犯罪性がかなりある」


中国は認めようとしないし、中国のネットの展開でも、今回の冷凍ギョーザによる食中毒の問題は日本人によって起こったのではないか、などと言われてたりしているみたい。
だけど、この荷物の流通の展開を冷静に考えてもらえれば、まずそれは無いのではないか、と思えるのだが。
何といっても、製造された冷凍ギョーザは、中国で段ボール箱の中に入れられる。そして、小売店の商品棚に置かれるまで、その段ボール箱は開けられない筈。
要するに、工場を出てから、小売店に置かれるまで、商品には触れる事が出来ないのではないかと思うのだが。

と考えれば、「メタミドホス」を混入された可能性の高いのは、やはり工場を出る前の者となるのではないかと思えてくる。

そして、今は事故では無く、事件の可能性が高いのではないかと見られるようになってきている。早く、事実が明らかになる事を願いたい。

何だか羨ましい

キャンプ前に出会っていたみたいだけど、一人の少年が一人の選手を応援する為に沖縄に向かっていたのだろうか。


中日・川上が闘病中の少年と再会 励ましの手紙に感激
http://www.sanspo.com/sokuho/080205/sokuho034.html


中日の川上憲伸投手が5日、キャンプを行う沖縄県北谷町の球場で急性骨髄性白血病と闘う愛知県一宮市の渡辺隼大君(12)の訪問を受けた。


 川上はキャンプイン前に、病気の子どもの夢をかなえるボランティア団体の仲介で隼大君と対面。再会したこの日、「けがをしないように頑張って」という激励の手紙を手渡された。


 携帯電話のメールアドレスを交換した隼大君は「お礼のメールを出します」と感激。川上も「日に日に元気になっているかな」と笑みが絶えなかった。
(サンケイスポーツ2008/2/05)


この少年も、強いドラゴンズファンなのかなと思うけど、激励の手紙には憲伸への強い思いが書き綴られていたのではなかろうか。


そして、憲伸の携帯電話のメールアドレスを交換してもらったのだろう。正直、羨ましいなと思ってしまった。この少年は、本当に感激していたんだろうと思う。


憲伸は、これから活発にメール交換するのかもしれないけど、闘病をしっかりと応援してあげてもらいたいなと思う。

7人を全員救助

7人が遭難にあったのは、3日の午後3時半頃の様だったけど、その頃には強い吹雪が吹き始めていたらしく、かなり危険な状態とあっていたのではないだろうか。
そして、この事を知った家族の方々は、もの凄く心配されていたのではないかと思うけど。


「廃屋発見、まるで映画」命つないだ幸運 7人生還
http://www.asahi.com/national/update/0205/OSK200802050054.html


遭難した7人の命をつないだのは、廃屋だった。


 「廃屋を偶然見つけるなんて、まるで映画のような話だ」。雪崩事故防止に取り組む長野県白馬村のNPO法人「アクト」の元村幸時理事長(45)は驚く。


 7人は山中の廃屋で身を寄せ、食べ物を分け合って2晩を過ごしていたという。「仲間がいればいろんな知恵が出るし、励まし合える。遭難した場合は気力が大事だ」


 2人が自力で下山し、残り5人の居場所を捜索隊に伝えたことについては、「朝からヘリコプターのローター音がして捜索が始まったことを知ったのだろう。移動すればトレース(跡)が付くので、ヘリで発見されやすい」と推測する。


 一方で、元村理事長は「たとえ標高が低い山でも、雪が降れば『魔の山』になる」と指摘。今回の遭難事故について、「コースを外れ、リスクのある場所に入るべきではなかった」と話した。


 「偶然が重なり、救助されたまれなケース。悪天候が回復するまで身動きしなかったのが幸いした」と話すのは、独立行政法人防災科学技術研究所・雪氷防災研究センター(新潟県長岡市)の佐藤篤司センター長(58)。「7人が避難するための雪穴は相当な大きさのものを掘らなければならない。廃屋が見つからなければ危なかった」


 「山岳遭難の構図」の著書がある関西大の青山千彰教授(危機情報論)も「今回の遭難者がスノーボードで雪洞を掘り、寒さをしのぐ技術を持っていなかったとしたら、助かった最大の理由は廃屋だ。いずれにせよ運が良かった」とみる。
(朝日新聞2008/2/05)


もう、運のいい人達、としか言いようがないよ。でも、偶然でも廃屋を見つける事が出来て本当に良かったと思うし、何よりも7人全員が救助されて良かったと思う。


2人が自力で下山した後、自衛隊などがヘリコプターで救助活動を行ったみたいだけど。


そしてこの事を知って、最も喜んでいるのは、やはり家族の方々なのだろうか、などと思ってしまうのだけど。
救助された人々と、家族の方々が再会した時には、もしかしたらちょっと熱くなっていたのかもしれない、などと思ってしまう。