韓国は日本の措置を勘違いしてるみたいだな
昨日、聯合ニュースが記事「輸出規制の撤回要求 「WTO違反でない」との日本主張に反論=韓国高官」では、日本が韓国に国際法に反する輸出規制を行ったと事は許されないと言っているらしいんだが、国際法に反する事は許されないと。
1965年に締結された日韓請求権・経済協力協定に反した行為を司法が行った。それに対し、韓国の立法権は何ら対応をしなかった。司法の段階で、すでに完全な国際法に反する行為。日本はそれに対し長い間、韓国に対応と対策、その協議までも求めたがどこまでも無視。
そんな自分達のやってきた事などは完全に棚に上げ、日本は国際法違反をやっている。WTO提訴をやってやるとまでほざいている。
日経ビジネスが、自分なんかには非常に勉強になる記事を書いてくれている。
誤解だらけの「韓国に対する輸出規制発動」
「-前略-
以前の手続きに戻すもので「輸出規制発動」ではない
まずそもそもこれは、韓国に対して新たに「輸出規制を発動」するものではない。韓国向けの
輸出について、2004年から特別に優遇して簡略化していた手続きを、2003年までの普通の手続きに戻すものだ。簡略化した手続きとは、3年間有効な「包括許可」を得れば、いつでも輸出できるというものだ。本来は、輸出の契約ごとに「個別許可」が必要だ。私が担当していた2003年当時は、韓国への輸出は個別許可が必要であった。まさにこの時の手続きに戻すのが今回の措置だと言ってよい。
また、輸出に際して「個別許可」が必要なのは、輸出管理の世界では国際的な原則で、特別に信頼できる相手国についてのみ、「包括許可」による手続きの簡略化が認められている。この対象国を、日本の制度では「ホワイト国」と呼んでいる。2004年にこの「ホワイト国」に韓国が追加されたのだ。
なお、この個別許可について、一部の報道では「出荷ごと」に許可が必要となり、日々、工場から韓国に製品を出荷しているようなビジネスが停滞してしまうというような報道によって、輸出企業の現場は混乱しているようだ。これは誤解で、個別許可は”契約ごと”に必要で、一契約で何回にも出荷を分ける通常のビジネスは当然、一度個別許可を得ていれば出荷ごとに許可を得る必要ない。
-中略-
日本による優遇手続きに感謝していた韓国
特別に信頼できる「ホワイト国」とは、あくまでも輸出管理の観点で信頼できるかどうかだ。国際的には欧米主導で長い歴史を有する輸出管理の枠組みが、分野ごとに4つある。詳細は省くが、ホワイト国の対象にするには、相手国がこれらに参加していて、しかも国内で厳格に輸出管理をしていることが必要となる。
少し経緯を見てみよう。
1990年代、韓国はまだ国際的な輸出管理の枠組みのメンバーではなかった。私は韓国がそのメンバーに参加できるよう、各国に働きかけ、韓国にも再三足を運んで、韓国が輸出管理をしっかりできるように全面的に支援していた。その結果、韓国も国際枠組みのメンバーになることができ、韓国からも日本のそれまでの協力、働きかけに感謝されていた。それが2004年に、韓国をホワイト国に追加して特別に優遇することにつながっていった。
-中略-
安全保障の友好国が「ホワイト国」であると解説している報道もあるが、そうではない。例えば、インド太平洋戦略を共有するインドや海上共同訓練をするインドネシアなどもホワイト国ではなく、個別許可が必要だ。
また欧州連合(EU)が輸出管理のうえで特別優遇しているのは日本を含めて8カ国で、これに韓国は入っていない。多少の細かい点を無視すれば、EU並みの手続きに戻したとも言える。それでどうして「自由貿易に逆行する」との批判が各国から出るのだろうか。-後略-」
日経ビジネスの記事を見ると、韓国メディアの記事が全く出鱈目だなという事が良くわかる。日本のメディアも決してしっかりした情報を流していないと思えたが。
しかし現在の韓国政府、韓国メディアは自分達に利のある事には日本に何も反応しようとしないが、負のある事となると、がむしゃらに噛み付き何とかしようとする。馬鹿な連中としか思えん。
丸山穂高に国会議員の資格はあるのか
丸山穂高は議員団の一員として国後島へ行っていたんだよな。そこで、一つの会で酒を飲みあさり「ロシアと戦争」などと暴言を吐きまくり、禁止行為までやろうとしていた。
内閣府は、北方領土問題可決のための環境整備を目的とし、(ピザなし交流)の実施を支援し、日本国民と北方領土在住のロシア人との相互理解の増進を図る為に対象者を送っていた。
1998年から行っていたようだが、これまでの交流を台無しにするような行動を平気でやってしまう丸山穂高。こんな者に、国会議員としての資格があるのか。
衆議院委員会が6日糾弾可決を出した。これに対し、一人の国会議員が反論している。
進次郎氏が採決退席 丸山氏の糾弾決議「腑に落ちない」
「自民党の小泉進次郎衆院議員は6日、衆院本会議で全会一致で可決された丸山穂高衆院議員に対
する「糾弾決議」の採決時に退席した。「みんなで糾弾するということに自分の中では腑(ふ)
に落ちなかった」と記者団に述べ、国会の対応を批判した。
小泉氏は「丸山さんの言動はかばえるものは何もない。でも、議員の出処進退は議員一人ひとり
が判断すべきことで、辞めなかったとき、その方をどうするかを判断するのは選挙だ。それが有
権者に与えられた民主主義という力だ」と指摘。「決議理由には『人間としての品位を疑わせる
』とまで書いている。個人の批判は自由で、政治家は甘んじて受けなければならない立場。だけ
ど国会として(批判する)というのは、私は次元が違う話だと思っている」と述べた。
衆院はこの日、北方領土返還に関し「戦争」に言及した丸山氏に対し、「院として国会議員とし
ての資格はないと断ぜざるを得ない」などとして、事実上の議員辞職を促す「糾弾決議」を全会
一致で可決した。事前に全会一致を申し合わせる「異議なし採決」のため、各議員の賛否はわか
らない。丸山氏は国会に提出した弁明書で議員辞職を否定している。決議に法的拘束力はない。
」(朝日新聞/2019/06/07)
衆議院本会議では、丸山穂高に対し「直ちに自ら進退について判断するよう促す」とし、糾弾決議
を全会一致で可決した。だが、この糾弾決議に法的拘束力はなく、判断するように促すの通り、辞すか否かは本人の決断による。
丸山穂高は、辞任はしないとハッキリと言い切っている。
小泉進次郎は国会の糾弾決議が腑に落ちないとしているが、その理由の一つが「決議理由には『人間としての品位を疑わせる』とまで書いている。個人の批判は自由で、政治家は甘んじて受けなければならない立場。だけど国会として(批判する)というのは、私は次元が違う話だと思ってい
る」だろうか。
丸山穂高は国会議員であると同時に、一人の人間だ。北方領土問題可決の為の環境整備を目的とする対象者とし国後島に行きながら、その目的を忘却していたからロシアを刺激する暴言を吐いたり、禁止行為を行おうとしたり、その後も何度も騒動を起こしているじゃないか。
何の為に国後島へ行っていたんだ。国会議員であり、一人の人間である丸山穂高は。
小泉進次郎は「人間としての品位を疑わせる」は、個人の批判は自由で、政治家は甘んじて受け
なければならない立場。だが、国会として批判するは、次元が違う話としている。
先にも書いたが、丸山穂高は一人の人間であり国会議員である。国後島での行為を人間としての
品位を疑わせるのも仕方ない事であり、国会議員として国会で批判されるは当然の事だろう。
小泉進次郎のブログを見ると「記者:丸山さんは、まだ自分の口から公の場での説明はしていな
い。説明責任については?
小泉:それも議員の判断ですよね。それも含めて、一つ一つの案件、そして一つ一つのことに、
どういう行動をするのかも含めて、最後、任期の中でどういう政治活動をしたのか。それを判断
するのが選挙じゃないですか。だからみんなで糾弾するということは、自分の中では腑に落ちな
かったです。もちろん丸山さんの言動というのはかばえるものではありません。だけど、そのこ
とと国会としてどうするかというのは、冷静に判断すべき事があるんじゃないのでしょうか。
記者:丸山さんが説明されない中で、衆議院として、一つ、姿勢を示さなければならないという
ことが背景にあったと思うが?
小泉:それは、何がきっかけなんですか。世の中の空気なんですか。何もしないわけにはいかな
いだろうという、世の中の雰囲気に対する忖度。そういったことで、本当に、衆議院として、一
議員をどれだけかばう余地がなくても、糾弾、そして、進退を促す。それこそまさに、今回問わ
れるべきことなんじゃないですか。
だから残念ですが、将来国民の皆さんから批判されるような言動だったり、そういったことが、
また政治家から出てしまった時に、どういう基準で、国会は糾弾をするかしないかを決めるんで
すか。それが明確ではない中で、今日、今回の決議の理由もみましたが、「議員としてというよ
りも、人間としての品位を疑う」という、そこまで書いているんです。
個人に対する個人の批判は、自由だと思います。そして、政治家はそれを甘んじて受けなければ
いけない立場だとも思います。だけど、国会としてというのは、私は次元が違う話だと思います
。
なので、これだけ投票率も低い。政治に対して関心も薄い。その中で、今回のことを災い転じて
福となす、そういう方向に進められるとしたらいい。だから、選挙って大事なんだ。だから、政
治って大事なんだ。だから、政治家の言葉は大事なんだということを国民に届ける。参議院選挙
がもうすぐあるから、その時はしっかりと政治家を選ぼう。そう考えていただく機会にすること
が私は一番大事だと思います。
これだけ話しても、どの部分が報じられるのかは分かりませんが、私は、一番届いて欲しいなと
思うことは、そういうメッセージです。」
とある。
丸山は国後島の宿泊先で、交流訪問団団長に突然に「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」、「ロシアが混乱している時に取り返すのはOKですか」問い掛ける。団長は反論するも、「戦争をしないと、どうしようもなくないですか」と、しつこく戦争による北方領土返還
示唆する為、団長は「戦争なんぞしたくありません」ときっぱりと言い切った。
13日訪問団は根室市に戻り、記者会見が行われた。だが、ここでは国後島での発言に問題は無
い。と言い切ったのだろうか。当日夜には、一転し「心から謝罪し、撤回する」と発言していた
らしいが。
後に、丸山の国後島での問題行動が大きく明るみになってくる。
尾を引く丸山穂高議員の「戦争」発言問題行動も次々北海道内外で波紋
「国後島訪問前日の9日に根室市であった結団式で、外務省が丸山氏を含む団員に注意を呼びかけていた行動に該当していた。外務省側は「具体的な留意事項例」として「仮に単独行動を行えば
、現地の『国境警備隊』『警察』等に身柄を『拘束』されたり、『立入許可証』の提出を求められ
たりする可能性」「夕食交流会やホームビジットなどでの飲酒は節度を保つ。急性アルコール中毒
になった場合、警察に保護されたり、ロシアの『法令』に基づく入院・移送手続きなどが『適用』
されたりする可能性あり」と例示。これらの行為でロシアの法令が北方領土に適用されていること
が認められれば、日本の立場を損なうことになりかねないとの明確な説明もあったという。
しかし、団員らによると、11日夜、丸山氏は食堂での「戦争発言」後、食堂が早めに閉鎖されてか
らも夜間外出を繰り返し試みた。
政府関係者がロシアの実効支配を理由に「夜中に外出すると拘束される恐れがある」と改めて説明した。だが、丸山氏は「国会議員には不逮捕特権がある」「ここが日本であることを俺が証明して
やる」などと主張しながら玄関に向かおうとしたため、外務省や内閣府、道職員らが廊下に立ち塞
がり、部屋のドアと玄関も二重に施錠したという。この時、阻止した一人は「夜間外出を強行しよ
うとしたため、『人間の壁』を作り阻止せざるを得ず、大変だった」と振り返った。」だそうで、事情聴取など拒否するには非常に適した病気。本当に掛かっていたかどうかは分からないが。
国後島での行動は、国会議員として政治家として、外務省から説明されたことなど一切無視し政府がこれまでやってきた「北方領土問題可決のための環境整備を目的とし、(ピザなし交流)」に傷をつける様なことを平気でやる。
人としても、他人にどのような迷惑をかけようと全く責任謝罪など感じない無責任な者。
小泉は国会議員の説明責任を議員の判断としている。案件、行動、政治活動を判断するのが選挙じゃないかと書いているが、この意見は正しいのかもしれない。しかし丸山にこの意見は適はしているとは思えない。
何より国後島へ同行していた、ピザ無し交流訪問団に真摯に謝罪はしていない。衆議院運営委員会の理事会が事情聴取を求めれば、自分は病気だとして欠席する。人として、何より国会議員としての説明責任を全く無視している。
国会での事情聴取には応じないが、ツイートでは反論を書いている。
「言論の自由危ぶまれる」 維新除名の丸山氏がツイート「国会で自身への辞職勧告決議案提出の動きがあることについて「野党側の感情論で議案が出され、普段は冷静な与党まで含めて審議へ進むなら、まさにこのままではこの国の言論の自由が危ぶまれる話でもある」(産経新聞019/05/15)とつづった。
丸山氏は「憲政史上例を見ない、言論府が自らの首を絞める辞職勧告決議案かと。提出され審議されるなら、こちらも相応の反論や弁明を行います」と主張。」
何が言論の自由が危ぶまれるだ。単なる言い訳じゃないか。国後島での全く責任感のない暴言などが、地元の人にどれだけの迷惑を掛けているのか、あいつには全く意識がないんだな。
丸山議員発言、地元も怒り「1人の勝手な言動で…」
「訪問団の一人、北見市の元島民2世(志発島)北村浩一さん(59)は、国後島で丸山議員の言
動に「有志」という形で抗議した。酔って宿舎内の部屋に入り込み、大声で議論をふっかける丸山
議員を、事務局は繰り返し制止しようとしたという。「戦争」発言は帰港後、報道で知ったが、「ロシアとの折衝にマイナスになるのであれば、本人はしっかり責任をとってほしい」。
北方領土問題にくわしい北大スラブ・ユーラシア研究センターの岩下明裕教授は、「日本とロシア
が交渉で紛争を解決しようとしているのに、戦争で島を取り戻すというのは、国際法と現実政治の
理解の点で議員の資格を根本的に欠く。(丸山発言で)ロシア側がビザなし交流の見直しを求める
恐れがある」と話している。」(朝日新聞2019/05/14)地元の人は、丸山に激しく怒っているし、ピ
ザ無し交流にも悪影響があるとされている。
地元の人々に大きな迷惑を掛けているし、国会議員としての責任を全く果たそうとはしていない。
このような者をどうして庇わなければならないんだ。
次の衆議院選挙は2年後。それまで無責任な丸山を国会に置いておくなんて馬カ馬カしい。国会議員の平均年収は2、200万。月収98万から98.5万らしい。あいつに、次の選挙までこれだけの税金を出さなきゃいけないのか。納得できない。
第三者の暴論。本当の被害者、引き籠りの人々は何を感じたろうか。
5月28日に発生した、川崎20人殺傷事件。テレビはすぐに報じたが、「ひるおび」のコメンテーター立川志らくの「「死にたいなら一人で死んでくれよ! ということですよ。なんで子どもの弱い そういうところに飛び込んでくるんだ! 信じられない!」発言が、その日のテレビ番組から同意の発言が何度もあったようだが、ネットでもその日の内から岩崎隆一への激しい批判と、志らくの発言に同意し「一人で死ね」が大きく拡散し、ネット炎上していたんじゃないだろうか。
現在のネットはテレビメディアよりも大きく増幅した情報網。ネットに書く者は、コメンテーターとは異
なり、自由奔放、勝手気ままに何でも適当に書く事が出来る。
志らくはついさっき起こった事件を即座に推測し、岩崎隆一は自殺を目的としていたが、なのに子供達を巻き込んでいる。信じられない。
ネットで「一人で死ね」などと書き込んでいた者達も、テレビメディアが流している現場の映像、メディア報道だけでイメージを覚醒させ、岩崎隆一は罪悪な奴だ。あんな事をするなら、「一人で死ねばいいじゃないか」、誰もが書きまくっていたんじゃないか。
当日、志らくの発言の直後、2~3時間後に「一人で死ね」の論調に異を唱える藤田孝則がネット記事を書く。「川崎殺傷事件『死にたいなら一人で死ぬべき』という非難は控えてほしい」記事には次の様な事が書かれてある。「ネット上では早速、犯人らしき人物への非難が殺到しており、なかには「死にたいなら人を巻き込まずに自分だけで死ぬべき」「死ぬなら迷惑かけずに死ね」などの強い表現も多く見受けられる。
まず緊急で記事を配信している理由は、これらの言説をネット上で流布しないでいただきたいからだ。
次の凶行を生まないためでもある。-中略-人間は原則として、自分が大事にされていなければ、他者を大事に思いやることはできない。
社会全体でこれ以上、凶行が繰り返されないように、他者への言葉の発信や想いの伝え方に注意をいただきたい。」この記事が元となり、ネットでは藤田孝則に同意する側と反する側の論争で更なる大炎上となっていったろうし、テレビ番組にのコメンテーターの心理にも影響をもたらしていたようだ。
何より事件をネットに書きまくっている者達は、すべて第三者だろう。被害者が加害者に強い怒りを持っていようと、いきなりネットで暴論を吐きまくるとは思えない。
第三者でありながら、ネットに書く者達は被害者側に立ち、被害者の感情で書いているんじゃないか。しかも高い正義感をもって。
ネットで書かれてあるのは、突然に無差別殺人事件を行い自殺を行った。この点だけを取り上げ、第三者である筈なのに、勝手に被害者側に立ち感情的となり、自殺したいなら子供達を巻き添えにせずに「一人で死ね」と書きまくるようになる。
だが、現在でも岩崎隆一が事件を実行しようとした動機、そこに至るまでのプロセスなど全く明らかとなっていない。しかし書いている者達には、その様な事など関係ないんだろうな。
ただ、被害者ぶって書けばいい。ただ、事件だけを分かっていればいいと思っていたのだろうから。本当の被害者であればこそ、加害者である自分の子供達を殺害、殺傷しようとした岩崎隆一に激しい怒りをぶつけようとするんじゃないのか。
岩崎は「引き籠り」をしていたとも報じられていた筈。「引き籠り」をしていた「一人で死ね」は、引き籠りをしている人々への批判にもつながったんじゃないか。19年前「西鉄ハイジャック事件」が起こっているが、加害者は引き籠りだった少年。この事件から引き籠りは犯罪者予備軍と扱われる様になった。
ネットでも「引き籠り」は多く書かれたんじゃないだろうか。犯罪者予備軍と扱われていた事をどれだけ認識していたかのだろうか。同じネットで観たろう、まるで自分の事を犯罪者扱いれていた事に苛む人達もいれば強い怒りや不満を持った人たちもいたんじゃないだろうか。
引き籠っている人達は苛む、怒り、不満など感情を孤独な状況では吐き出す事が難しい。家庭環境によっては家族に感情をぶつける様に吐き出す者もいるかもしれないが。
6月1日農水省熊澤元事務次官が長男の英一郎を殺害し逮捕された。元事務次官は、英一郎は引き籠りがちで激しい家庭内暴力があり、事件直前に近くの小学校で行われていた運動会の音がうるさいと腹を立てた事に元事務次官は英一郎と口論になり、川崎の事件を見ていて自分の息子も周囲に危害を加えるのではないかと不安に思い、殺害した。
引き籠に陥ってしまっている人達は、家庭内で激しい暴力、暴言を吐こうと、外部に向ける事は出来なかったんじゃないだろうか。
引き籠になどに悩む家庭とって相談窓口や期間は多数あると藤田孝則は書いている。元事務次官も、相談窓口や期間に行っていれば、今回の事件は防げていたんじゃないだろうか。
NHKに「いま”引きこもり”が問いかけること」というのがある。その中には、引き籠り当事者が自身の体験や思いをつづる雑誌「ひきポス」に執筆している3人に聞いた内容や、他の人々の思いが書かれてあった。
-「ツイッターの反応を見ていたら『中高年のひきこもり、およそ60万人は悪魔の予備軍』という反応が目に留まって。ひきこもりという存在が、部屋に閉じこもったままの、まるでモンスターのように思われているという…。これが一部の人たちだけでなくて、一般の多くの人がそう思っているかもしれないと思うと、絶望しました」-、-「川崎の事件から、また事件が連鎖のように起きてしまっています。
父親と息子がお互いに偏見を持っている不幸な状況だったのかもしれません。『ひきこもりだから事件を起こすかも』という不信の目で見られたら怒りも感じるし、傷つきます。『ひきこもりだからといって犯罪を起こすわけではないですよ』と私たち、当事者がもっと発信するべきで、もしそれが容疑者の父親に届いていたら防げたんじゃないかと思うんです」-、-「亡くなった息子さんも、私たちのいる当事者会に来て話してくれていたら、気持ちが和らいだかもしれない。息子を刺してしまった父親も家族会で人と話すことでここまでは追い詰められなかったかもしれない。自分の経験でも、ひきこもって孤立している時は、世界で自分1人だけがひきこもっていて、世界のすべては味方でなくて、対話もできない、気持ちも分かち合えないと思ってしまうんです。でも当事者会に出ると、同じように10年とかひきこもっている人もいて、自分だけが戦わないといけないとか思っていたのが軽くなったんです。もし同じような思いを抱えてる当事者や家族が居たらぜひ、そうした会を訪ねて欲しいです」-、-50代の息子がひきこもりだという80代の母親は、事件によって、世間がひきこもりは怖いといった誤解を招くのではないかと危惧していました。
そのうえで、「事件についての報道は痛ましくて息子は見たがりませんし、テレビをつけると、どこも事件のことを放送しているので、途中でスイッチを切ってしまいました。2人で話もしましたが、残酷で長い話はできませんでした。ほとぼりが冷めないとできないと思います。息子は過去に何度も『死にたい』という話をしていたことがあります。ひきこもりの人のなかには楽に死にたいと思う気持ちを持たない人のほうが少ないのではないでしょうか」と話していました。-、-ジャーナリストの池上正樹さんは「私の元にも『ひきこもっている子どもを殺して自分も死ぬ』と父親が言って、大げんかになったという相談のメールが母親から寄せられるなど、不安を訴える声がたくさん届いている。ひきこもりの子どもがいる家庭では似たような状況が起きているところも多いと思う」と話しています。
そして「ひきこもっているから事件を起こすというようなことはないので、家族の皆さんは心配をする必要はありません。川崎の事件の場合は容疑者自身に何かしらの事情があったのだと思います。ひきこもっている本人に『ひきこもり』だとかぶせるように言ったり、ひきこもっていることを悪く言って存在を否定したり、働けなくて家に居るのに、『働け』というなど傷口に塩を塗って追い込むようなことはしないでほしい。追い詰めることで、ものに当たったり、まれに家族に暴力をふるったりすることなどはあっても、それが外の人に向かって事件を起こすということにつながるわけではありません」と話しています。-、-川崎や練馬の事件をきっかけに、にわかに注目が集まっている「ひきこもり」の存在。そして、ネットやマスコミにあふれかえる“偏見”や“無責任な言説”。それに振り回されまいとする、ひきこもりの当事者や家族たち。これまで「ひきこもり」を忘れられた“見えない存在”として、いわば見て見ぬふりをしてきた社会のあり方、そのものが問われている気がします。-といった事などが書かれている。
ネットで川崎20人殺傷事件に関し書いてた者達、被害者側に立つんじゃ無く、第三者の立場で書いてた者は果たしてどれだけいたんだろう。