東日本大地震
千葉県旭で勤務していたときに地震の発生がありました。揺れは大きかったものの、会社も工場も無事でした。ただ、外に避難した際に冷蔵庫の内部で荷がくずれたような音はしました。でも、皆元気でした。3時20分ころの茨城県沖を震源地とする地震が旭としてはもっともゆれが大きく、社長も魚を残しながら工場のシャッターを下ろして、一部の社員をつれてた高台に避難しました。
私は高速バスで自宅に戻ろうとしたのですが、バス停で列を作るも運休の連絡が列を待つ人から流れ、周りの人とタクシーで東京に向うことにしました。5時に旭を出ましたが、渋滞によりなかなか進まず、ついに午前1時頃京葉道路にでる船橋駅付近でタクシーを降りて自宅まで歩きました。
翌日、会社と連絡をとると、津波により事務所1階、第2冷蔵庫、第3冷蔵庫、本社工場、中国人研修生の宿舎が津波により被害を受けたとの説明があり、その後、第2、第3冷蔵庫の荷物を他の冷蔵庫に移す作業が深夜まで、そして翌日の13日まで続いて行われたようです。
私の会社は千葉県の旭市にあります。同業社は銚子や茨城県波崎に多く、なんらかの被害を受けていると思います。そして三陸には同じような事業を行う得意先、提携工場、友人が水産加工を営んでいたり、働いているのですが、現在のところ連絡が取れません。ほとんどが海に近い場所に工場があり、とても心配ですし、NHKのニュースを見ても、訪問した際の記憶にあるような地形、地域の映像がながれているのでいたたまれません。
発生から、今も余震がつづきますが、ニュースを見るたびに被害が大きくなってゆきます。被災された方へお見舞いを申し上げるとともに、友人やご家族、会社関係者、そのご家族の皆さんの安全を祈るばかりです。
明日は朝一から旭にむかいます。後片付けには遅れて参加しますが、皆の元気が顔が見られればと思います。
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地震直後にはこれほどに被害が広がるとは思いもよりませんでした。