タージ・マハール (冠の宮殿)
インド ムンバイで同時テロ事件が起きた。襲撃を受けたタジマハールホテルやオベロイタワーなどはナリマンポイントと呼ばれる商業地域にあり、日本で言うと大手町、丸の内にあたる。日本からの出張者が宿泊する5スターホテルで、多くの外国人を狙ったテロ行為は断じて許さざるものである。どの過激派グループなのか、またはパキスタンのアルカイダーなのか今のところ不明だが、経済の国際化にともなって海外で活躍する日本人も増えており、テロのリスクと企業の発展とどう折り合いをつけていくのか。? 無くなった方のご冥福を祈りたい。
20数年前、当時ボンベイからマドラスに向かう飛行機便を予約した。その前日の同じ便がマドラスに到着したとき荷物受け渡し場で爆破事件があった。 湾岸戦争の時にオマーンに出張した。上空をスカッドミサイルが飛ぶのかと心配した。当時は企業の危機管理などはあってないようなもので、冗談ではあるが、多額の保険をかけて部署の収益を好転させる話もあった。最近、飛行機事故は起きていないが、やはり海外を訪れるというのはリスクがあることを再認識した。
11月初旬にインドに出張し、得意先の結婚式に出席した。帰路デリーに寄り、世界遺産であるタジマハールを見学した。
タージ・マハルは’冠の宮殿’という意味だが、王妃のための宮殿ではない。ムガル帝国第五代皇帝シャー・ジャハーン(在1628~58)の妃ムムターズ・マハルのお墓だ。シャー・ジャハーンが宮殿内の’’大奥’’で働くムムターズを見初めて結婚し、十数人の子供をもうけたと。お妃は死ぬときにシャーにお願いした。それは再婚しないで・・ということと、大きなお墓を建ててというもの。ムムターズが死んだのは1631年、その死を悲しんでこのタージ・マハールの建設が始まった。世界各地から膨大な量の宝石・貴石が取り寄せられ、多くの職人が集められ22年の歳月を経て建設が行われた。また、特殊な技能を持った職人は工事終了後、ほかに同じような細工ができないようその両腕を切断されたという話も残っている。
シャーはタージ・マハルからヤムナー川を隔てた対岸に自分が死んだあとのお墓として、黒大理石により同様のお墓を建設しようとしたが、息子に幽閉され、死ぬまでタージ・マハールの上流の宮殿の一室からタージ・マハルを眺め、お妃を思い出していたのであろう。
タージ・マハールは世界の7不思議のひとつとも言われている。なぜ、7不思議なのか・・? ガイドさんから聞いた話
① どの角度から見ても完璧なシンメトリー
② 日本の江戸時代の初期に横250m、奥行き350mの超巨大建造物を建設した。
③ 大理石の白さが400年経っても変わらずに白く輝いている。(特に月光に照らされているとき、朝夕日が美しいと。)
いずれにせよ、その大きさと美しさに圧倒される。声も出せずに。
画素数が少ないな。拡大するとボケてしまう。残念。
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敬虔なイスラム教の女性は結婚すると黒いベールで顔を隠す。
理由はイスラム王国全盛のときに、皇帝に見初められて宮殿に連れていかれないための’’防衛服’’が習慣化されたもの。 ハーレムだな・・・・。




