長者ヶ岳・天子ヶ岳
建国記念の日をあわせての3連休、9日から一泊で河口湖付近の山か、丹沢を徘徊する計画を足立君から受けたが、生憎の雪予報で出発を一日順延して行き先を河口湖にし、10日に中央高速を西に向かった。東京でも夜間に積雪があったとの報道がなされ、西に進む度に積雪の高さが厚くなっていく。上野原からは滑り止め規制があり、チェーン装着も覚悟し、懸命に解説書を読んでいたが、路面や路肩には雪はなく、行けるところまで行くことにした。
1日目は忍野村を見下ろし、富士山と対峙する杓子山、鹿留山を目指して忍野村役場まで車を進める。忍野村界隈は村役場や民家も総出で路上の雪かきに精を出していた。おかげさまでチェーン無しで目的地まで到着したが、雪の量はハンパじゃないね。街中を歩いて立ノ塚峠の林道にでるが、民家が切れるちょうどそこまでは役場がきれいに雪かきをしたためか雪はないもの、そこから先は境界線を引いたように20cmぐらいのスノーカペットがひかれていた。峠までは30分程度の行程だったが、進むに連れて雪は深くなっていく。最後の分岐を越えると、そこはバージンスノー状態で昨夜から鹿も歩いていない。深いところでは膝まで雪に埋まる。しばし足立君が懸命にラッセルをしながら進む。〔ラッセルーrussel 除雪装置を発明・創製した会社名による。登山用語:深雪の際、身体で道をひらきながら進むこと by広辞苑〕
しかしながら、通常の状態でも2時間はかかる杓子まで、これから雪深くなる山道をラッセルで進む無謀さはさすがの彼にもなかった。潔く途中で断念。近くの忍野八海に立ち寄る。晴天の中、富士山を眺めるが、感動は薄かった。心ここにあらずか・・?
宿泊先である足立君の別荘に向かう途中、夜食やアルコール類の買出しをして、天然温泉のお風呂に入り、いざ別荘地へ。雄大な富士山が本当に目の前にたたずみ、圧倒される。
別荘地内にも自治体か管理会社が幹線道路だけは除雪を行っていたが、支線になると’コモコモ’と音を立てながら車が進む。さて、到着と思いきや、別荘の前は50cmを超える雪が積もっており、車が駐車できない。初めて雪国の人々の厳しさがわかった。
2日目の早朝は5時起床。昨晩は酒を飲み早く寝たので、目を覚ました足立君が凍結したトイレと格闘していた。暖かいラーメンを作ってもらって目を覚ます。表に出ると外気は氷点下10℃。しばれるな~。目指すは長者ヶ岳・天子ヶ岳。!!![]()
139号富士宮道路を田貫湖キャンプ場に向けて走る。途中路面が凍結しているところもあり注意して進む。湖畔をまわり、登山口から登り始めるが、意外にも昨日登ったあとがある。少なくともバージンスノーではなく、ラッセルも軽減される。とはいえ、東海自然歩道のスニーカーで登れる登山道が雪道のせいで、重くなっている。ほとんど登り一辺倒の場所で途中、スキーヤーの夫婦に会う。近くに住み、雪が積もることはめったにないということで、本当のバージンスノーを楽しんでいた。我々もその滑りあとを進んだ。山頂に着くと、目の前に大きな富士山が。大沢崩が正面に見える。左後方には南アルプスが一望できた。
長者ヶ岳から天子ヶ岳までは深い雪に覆われていた。踏みあとも少なく、足立君は再びラッセル状態に。会社でもきっとラッセルしてるのだろう。天子ヶ岳の眺望は今ひとつだったが、白山神社から登ってきた人はいたようで、踏みあとはついている。下りは富士山の砂走りのように深雪をすべるように進んだ。何回かころんだが、これが後の悲劇に繋がった。
友人の別荘を利用しての山行であったが、別荘を持つことにより、旅とは異なり、その地域を深く知ることができるんだなと実感した。吉田のうどんを2回食べ、近くに素敵なレストランがあり、富士山を眺めながら週末を過ごすのもいいんじゃない~。夏はたまらないでしょうね。 足立君お世話になりました。
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天子ヶ岳の下りでデジカメを紛失。転んだ際に胸ポケットから落ちたらしい。カメラはあきらめるけど二日間の映像を記憶したメディアカードは戻ってこないのか~。50枚は撮影したぞぇー。![]()
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