東京国立博物館で、真言宗の開祖、弘法大師・空海(774~835)の生誕1250年を記念する特別展「空海と真言の名宝」が開催されていましたので、観に行ってきました。

実は、空海に関する展覧会を観るのは今回が初めてではありません。
ちょうど15年前、2011年8月にも東京国立博物館で「空海と密教美術展」が開催されており、そのときも密教美術の最高峰といわれる数々の仏像や曼荼羅を鑑賞しました。
私が空海に興味を持つようになったきっかけは、梅原猛さんの『最澄と空海』、そして司馬遼太郎さんの『空海の風景』を読んだことでした。
二人の巨人、最澄と空海。
同じ遣唐使の時代を生きながら、それぞれ異なる道を歩み、日本の仏教に大きな足跡を残した二人の生涯を知るにつれて、空海という人物に強く惹かれるようになりました。
今回の特別展「空海と真言の名宝」の大きな特徴は、真言宗の主要16派に伝わる寺宝が一堂に集められていることです。
なんと、国宝15件、重要文化財60件を含む88件もの貴重な寺宝が展示されています。
これだけの名宝が一つの会場に集まる機会は、そう多くありません。
会場は東京国立博物館平成館。
多くの歴史好き、仏教美術好きと思われる鑑賞者が集まっており、皆さんそれぞれに展示品をじっくりと見入っていました。
今回の展示は、大きく4つの章に分かれていました。
第1章 空海の生涯と真言密教の世界
まずは空海その人の生涯と、空海が日本にもたらした真言密教の世界。
空海が唐に渡り、恵果和尚から密教を学び、数多くの経典や法具、曼荼羅などを日本へ持ち帰ったことを知ると、1200年以上も前にこれほど壮大な文化交流が行われていたことに驚かされます。
展示されている経典や法具を一つ一つ眺めていると、空海がどのような思いで唐から持ち帰ったのか、想像が膨らみます。
第2章 「後七日御修法」の世界
次に紹介されていたのが、真言宗にとって非常に重要な「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」です。
これは、天皇の身体健全と国家の安泰などを祈るために行われてきた密教の重要な修法です。
なぜ「秘儀」とされてきたのか。
どのような道場で、どのような仏具を使い、どのような祈りが捧げられてきたのか。
展示を通して、その世界の一端に触れることができました。
普段の生活ではなかなか知ることのできない、真言密教の深い世界です。
第3章 真言宗各派に受け継がれてきた名宝
そして、真言宗各派に伝わる数々の名宝。
今回の展覧会の見どころの一つです。
真言宗と一口に言っても、現在では多くの宗派に分かれています。
それぞれの寺院で大切に守り伝えられてきた仏像、経典、曼荼羅、法具などが集められています。
一つ一つの文化財には、それを守ってきた寺院の歴史があり、そこに何百年、何千年という時間が積み重なっています。
第4章 真言宗各派に伝わる彫刻と秘仏
最後は、彫刻と秘仏の世界。
仏像を目の前にすると、単なる美術品を見るのとは違った感覚があります。
表情、姿勢、手の形、持っている法具。
一つ一つに意味があり、真言密教の教えが形として表現されています。
今回の展覧会では、そんな仏像の世界をじっくりと楽しむことができました。
「弘法大師像」は右手に何を握っているのか?
展示を観ていると、いろいろな疑問が浮かんできます。
例えば「弘法大師像」。
空海の像が右手に握っているものは何なのか。
また、天皇の身体健全を祈る「後七日御修法」は、なぜ真言宗の秘儀とされてきたのか。
そして、五智如来の中心に位置するのは、なぜ「大日如来」なのか。
こうした疑問の答えを一つ一つ知っていくと、単に「古い仏像を観る」というだけではなく、空海が生きた時代、そして真言密教という壮大な思想の世界が少しずつ見えてきます。
今回の展覧会は、まさに**「空海と真言密教の足跡をたどる旅」**だったように思います。
私は音声ガイドのナビゲーターを頼りに、一つ一つの展示を丁寧に観て回りました。
空海が唐から持ち帰った経典。曼荼羅。そして密教の儀式に使われた法具。
1200年以上も前に空海が日本へ持ち帰ったものが、今も大切に保存され、私たちの目の前にある。
そう考えると、それだけで何とも不思議な気持ちになります。
15年前の「空海と密教美術展」に続いて、今回も空海の世界に触れることができました。
梅原猛さんの『最澄と空海』、司馬遼太郎さんの『空海の風景』を読んで、空海という人物に興味を持ったのが始まりでしたが、実際にこうした文化財を目の前にすると、読書だけでは感じることのできない歴史の重みを感じます。
展示を一つ一つ観ていると、ふと、これらの寺宝が今日まで残されてきたことの重みを感じました。
空海が生きたのは今から1200年も前のことです。
その間には、幾多の戦乱や災害、時代の大きな変化がありました。そして明治維新の際には、廃仏毀釈によって多くの寺院や仏像、仏具が失われました。
そのような激動の時代をよくぞ免れ、空海が伝えた経典や曼荼羅、法具、そして仏像が、今日まで大切に守り伝えられてきたものだと思います。
「よくぞ残っていてくれました」
そんな思いを抱きながら、一つ一つの名宝を眺めていました。
単に美しい美術品というだけではありません。
そこには、長い年月の中で、それを守り、受け継いできた人々の思いも込められているように感じます。
歴史を知ることは、過去を見ることだけではなく、現在につながっているものを感じることなのかもしれません。
今回の「空海と真言の名宝」は、そんなことを改めて感じさせてくれる展覧会でした。
安西節雄