会社付近の駅から電車を乗り継いで、地元の駅に到着。
時刻は夜21時半。
晩御飯の買い物はすでに一段落。しかし、一杯飲んで帰ってくるにはまだ時間がある…そんな時間のせいか、それなりに人はいるものの、ごった返してはいない。
目の前に広がっているのは、チェーン展開している大型スーパー、パチンコ屋に、交番、コンビニ…と、特に代わり映えのしない、いつもの光景…。
見上げると、最近の天候不順のせいかどんよりとしていて、いつ降りだしてもおかしくない。
足早に歩けば自宅まで降らずに帰れるけれど…なんとなく、足が重たく感じる。

特に、何かがあったわけではない。
強いて言うなら、仕事でミスをした。ということぐらいだろうか…。
それ自体は大して大きいものではなく、いつもであればそんなに引きずるものではないし、そこまで落ち込むようなことでもなかった。
けれど、なんだか、足が重い。

一息ついて、一歩一歩確かめるようにゆっくりと歩きだす。

歩き出してしばらくすると、空から水滴が落ちてくる。
雨だ。
カバンの中に折りたたみの傘が入っているので、出そうとして…やめた。
今の時期ならば、少々雨に濡れた所で、風を引くほどではないだろう。
本格的に降り始めた。
傘をさして歩く人や、カバンを傘代わりにして足早に通り過ぎる人の中を、ペースを上げることもなく歩く。

パシパシと顔に雨粒が当たる。
頭皮から、つぅっと雫が滴り落ちる。
街路樹の葉に雨粒が当たり、不規則に揺れている。

やがて、ドラックストアに辿り着いた。
店の軒下に入ると、今まで感じていた雨の感触が無くなる。
店に入る気にもなれず、ただぼんやりと、街灯に照らされた雨の線を眺める。

特に、家族に不満があるわけではないし、ケンカをした…というわけでもないのに、なんだか今日は、家に足が向かない。

しばらくそこから動かずにいると、店の自動ドアが開く気配がした。

「あの…」

声をかけられて振り返ると、店員が立っている。

「もし良かったら、どうぞ」

店員は、笑顔で持っていたビニール傘を差し出した。

「え…でも…」
「お店の置き傘なんです。お代はいりませんから。どうぞ」

差し出された傘を受け取る。

「ありがとうございます」

店員は、店内に戻ろうと踵を返す。

「あ、あの」
「はい…?」
「……家、すぐそこなので、今度返しにきます」
「はい、お待ちしています」

店員は笑顔で店内に戻っていった。
ここまで濡れていたら意味が無いかな…と思いつつ、ビニール傘を開いてみる。
柄の部分に店名の入ったテープが張ってあるだけの、何処にでもある普通のビニール傘。
けれどなんだか、自然に顔がほころんだ。

雨の中に足を踏み出してみる。
ぱたぽたと、傘に雨粒が当たる音が聞こえてくる。

さあ、帰ろう。
自宅はすぐそこだ。

先程より足取りも軽く、雨の中を歩き出した…。







作 このは恵
2014年9月12日(金)掲載。