社長ともの差し | 通信制高校へ行こう

通信制高校へ行こう

小学校、今日も休みます。→中学校、やっぱり休みます。の続編。
2013年〜家族でカナダ。
帰国後、日本の公立小中に全然馴染めず我が道を開拓中の息子と怠惰な母の日常。

ゆるふわリンパケア
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夜12時を過ぎて何となく


もう寝たら?


と声をかけたら社長が泣いた。


秘書が座るこたつに来て申すには


13年間努力してきて今の結果だよ?

もう死ぬしかないよ


とのこと。


突然どうした。


13年間努力した

→地球ルールに慣れようと?

今の結果(現在の社長)

→素敵な仕上がりだが

死ぬしかない

→なぜそうなるかもう少し詳しく


茶化してるわけではなく


秘書の中に様々な❓がわく。


真ん中のなんかつい声に出ちゃったし。


秘書のもっと詳しくに応えた社長によると


今の自分は社会に適合するための何事も

出来ておらず、きっとこのままでは働く

こともできず、死ぬより他に選択肢はないし

なんなら今すぐ死にたい気持ちでいる。

自分で自分をjudgeし通しだが、

ダメなことだらけ、

かつjudgeすること自体やめられない。


そこで気づいた。


judgeの元になる良い悪いの基準を


小学生の社長に昔の価値観で教えたまま


訂正してなかったと。


秘書や会長が育った時代は


幼稚園→お友達と仲良く

小学校→お勉強も運動も頑張る

中学校→偏差値の高い高校目指して頑張る

高校→偏差値の高い大学目指して頑張る

大学→給料の高い安定企業目指して頑張る

就職後→男子は定年までとにかく頑張る

    女子は結婚出産育児を頑張る


みたいな価値観統一型だったけど


今って時代的に全然違うくね?


と子育て半ばで会長も秘書も


あれれ?ってなってたこと


社長にちゃんとお知らせしてなかった。


テスト100点とか友達100人とか


漢字ドリル覚えてても覚えてなくても


5回ずつノートに書きましょうとか


そんな昭和メソッド伝えたまま放置して


社長は苔むした古いもの差しで


自らのあれこれを測っては独りで悩んでた。


今なら昭和な秘書にもわかる。


それ意味不明レベルで意味なかったと。


ここは一発大転換すべきとこ。


まさにチャンス到来じゃん?


泣きじゃくる社長を前に


深夜のポンコツ秘書がとった行動とは?


つづく。