突然、お肉を食べたくなかったのに!という小さなささやきが聞こえてきました
どういうことだろうと深掘りしてみると、どうやら本来の私はお肉が食べたくないと言っているようでした
学校給食や、子供の頃の晩御飯が見えてきて、嫌だったらのに、食べなくちゃいけなかったぁ
と言って怒っている様子が伺えました
確かにお肉が体には合わないなぁと思っていたのですが、そこまで???と唖然
じゃあ何が食べたいんだろうと聞いてみると、
魚介類よ!魚介類!
白身のお魚なんて、最高
と、色んな料理を見せてきます
呆気に取られている私を袖にして、それはもう必至
それで気づかなかったことを謝って、じゃあ食べたいものを食べようねぇと言ったら、機嫌がよくなってきました
自分の好きを知るってそのレベルでいいの
そんな単純
私は親がとても厳しくて常識や良識以上に、なんやかんや言われてきたので、我慢しなきゃ、嫌いでも食べなきゃ、あーじゃなきゃ、こうしなきゃがたくさんあったとは思います
色んなこと言えずにたくさん我慢してきたことも分かります
自分を満たすって、魚介類が好きな私に魚介類をたくさん食べさせることなのかもしれません
そういう小さなささやきを無視して、あれ食べなきゃ、これ食べなきゃ、こっちじゃない、そっちに行けと言ってしまっていたんだなと反省
好きや嫌いはわがままだって教えられてきたから、それを受け入れることは悪いことだと思い込んでいるんですよね
私は自分の好き嫌いを受け入れるとどうなるのか見てみたいです
全てに対応できるかどうかは分かりませんが、ただ、その気持ちを受け入れたい
それだけでいい気もします
自分を受け入れるってもっと大きな、手強い話かと思っていたので拍子抜けではありますが、存外こういう小さなことを拾って認めることなのかもしれません
と書いていると、そうそう、それそれと喜びの感覚が湧いています
好きなことが分からない人は、好き嫌いをしてはいけないという感覚があるのかもしれません
好き嫌いがあっていいと腹に落ちてくると、好きが見えてくるかもしれないです