梶原一騎と真樹日佐夫。

 この兄弟の仲の良さは、劇画界でも格闘技界でも有名だったが、この二人は、兄弟であると同時に、最良の友、それも最高の飲み友達でもあったようである。

 梶原・真樹兄弟の鯨飲ぶりについては、『荒野に一騎咆ゆ』等の真樹日佐夫の著書で詳(つまび)らかにされているが、そんな折、梶原一騎は、石原慎太郎・裕次郎兄弟の名を挙げることが多かったという。

 

  竹村の家に帰りつく頃には、母も弟も夕食をすませて寝室の方へ引き取ってしまっていることが多く、居間の卓袱(ちゃぶ)台に用意された食事もそっちのけで二人だけの酒宴の幕開きとなる。

  仕事のこと、女のこと、数多くこなした喧嘩のことなどが話題としてのぼったが、終いに毎夜きまって梶原の口をつく言葉が、

  ――いつの日か俺たちもなあ、石原兄弟のようになろうや。いや、彼等を凌駕(りょうが)するんだなくちゃ。

  という、それであった。

 

  ホノルルでは大山の定宿であるワイキキ・ビーチはずれの〈カイマナ・ホテル〉に滞在したが、そこのホテルのバーにて深夜、二人きりで飲んでいるとき、

 『憶えているかな』

  と、ふと彼が思い出したように言った。

 『なにを』

 『いつの日か石原兄弟を凌駕してやろうという、あれよ』

 『勿論』

  私は、竹村の家と〈カザリン美容室〉二階の仕事場を往復していた頃を懐しく想起しつつ、深く頷いた。

 『丁度十年になるか。どう、彼我の距離はかなり縮まったんじゃねえかな。その間、向こうも飛ばしに飛ばして、ひと回りでっかくなった、ということはあるにしてもさ』

  梶原の口付き、いつに似ずしんみりしたものになっていた。兄弟して初めて日本を遠く離れたという意識が感傷的にさせているのだ、と、そんなふうに私は考えながら、

 『兄貴はいまや慎太郎と同一線上に並んだ、客観的に視てもそう思われるが、俺と裕次郎を較べるとなると、こりゃまだまだ月とすっぽんだよ』

  真実、心にあるがままを口にのぼせた。

  梶原は、にわかに黙然として手にしたままのグラスを見入りなどしたが、ややあって、

 『それはそれとして、だ。とにかく俺たちもよくここまでこられたものよなあ』

 『感慨無量、といいたいところだが、しかし不思議にどうってこともないんだな、これが・・・・・・』

  私が言うと、彼は口を尖らせ加減に、

 『おまえは俺よりドライなんだよ』

  と決めつけ、そこで視線をビーチへとめぐらした。

 

  (拘置所を)何度目から訪れた折、

 『おい、今日はおまえの誕生日じゃねえか』

  と梶原に言われ、初めて私もそれに気ずいた次第であったが、

 『ビールで乾杯といきたいところだが、それはできない相談ってもんだろうよねえ、刑事さん。けど、牛乳だったら別にかまわんわけだ』

  ということになり、刑事の手でパック入りの牛乳が二人分用意された。

  私たちはそれで乾杯の真似事をした。

 『おまえには申し訳なく思っている』

  不意に梶原が表情を改めて言った。

 『なんだよ、いまさら。水臭いことは言いっこなしだぜ』

 『石原兄弟に追いつけ、追いこせ、が俺のせい(暴力事件で逮捕、勾留。筆者註)で夢と帰しちまった、それがなんとも――』

 『また別の目標を見つけるさ、なあ兄貴』

  私は情けない顔を見せまいとし、あえて明るく言い返すと彼の肩を一発どやした。

 

  ―― いずれも『荒野に一騎咆ゆ』 日本文芸社より ――

 

 芥川賞作家であり、政治家でもあった兄・石原慎太郎。

 映画界のスーパースターであり、プロダクションの社長でもあった弟・裕次郎。

 一方、人気劇画原作者であり、映画プロデュ―サーもこなし、格闘技界のプロモーターでもあったあった兄・梶原一騎。

 オール読物新人賞作家であり、劇画原作者でもあり、空手家でもあり、映画俳優(代表作・カラテ大戦争)でもあった弟・真樹日佐夫。

 確かに、この二組の兄弟には共通する部分、符号する処(ところ)は多い。

 また、筆者は、真樹日佐夫は石原裕次郎に比肩しうるスター性を備えていると考えるが、単にネームバリュ―だけとれば、”俺と裕次郎を較べるとなると、こりゃまだまだ月とすっぽんだよ”という言葉も事実に近いように思えてくる。

 しかし、石原兄弟と梶原・真樹兄弟には、少なからぬ差異もあったことも事実である。

 賢明な兄とスケールの大きな弟。

 世間体を気にする兄と、八方破れな面もある弟――。

 賢兄大(愚)弟――。

 石原兄弟を一言で表現すればそうなるだろうか。

 ・・・・・・言うまでもなく、この場合の(愚)は、誉め言葉である。

 一方、梶原・真樹兄弟は、どう表現されるべきか。

 梶原一騎の葬儀の際、後輩の劇画原作者・小池一夫は、故人に対し、『梶原大兄』と呼びかけてから、弔辞を読み始めたという。

 スケールの大きすぎる、そして賢明ならざる(これも誉め言葉)兄。

 その内側に激しさを秘めつつも、自制心の効いた賢明な弟。

 大兄賢弟――。

 梶原・真樹兄弟を評するにこれ以上真実に近い表現はないだろうと、筆者は思う。

 そして・・・・・・。

 この大兄賢弟という表現にふさわしい兄弟はドコカに居ないだろうかと探した結果、とある芸能界の兄弟に辿り着いた。

 その兄弟については、明日、『アルコール 兄弟酒編・後編』で述べたいと思う。