☆悠久山安慈☆ | るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-

るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-

Rurouni Kenshin -Meiji Kenkaku Romantan

 

身長:193cm
体重:110kg
生年月:1845年11月生まれ
出身地:北海道出身
血液型:A型
初登場時:33歳
声:原康義

“明王”の安慈。宗次郎、宇水に次ぐ十本刀の三番手。志々雄からは実力を高く評価されていた。
元々は東北地方のある村に寺を構え、戊辰戦争で身寄りを失った子供たちの面倒を見る線の細い心優しき僧侶だった。廃仏毀釈によって寺を去ることになったが、その引越しの前、新政府への協力を口実とする村長の私欲から寺を焼かれ、さらに同居していた子供たちも全員、無残に焼死。この悲劇の絶望によって、祈りや慈悲の心だけでは心正しき者は救われないことを痛感する。常に鋭く威圧感を湛えた目の下の隈のようなものは、預かっていた子供の一人(椿)の焼け焦げた死体のススを塗り付けたもの。
以後己の体を鍛え上げ、それまでの細身の体から鎧の如き筋肉を纏った巨漢に変貌した彼は、事件の5年後、子供たちを殺した村長一味を惨殺。そして破壊の極意「二重の極み」を10年かけて会得し、全身のあらゆる箇所を攻撃に転用してあらゆるものを文字通り粉砕する力を身につけ、邪悪な者を滅する憤怒に満ちた破戒僧となる。さらに、腐敗した世の中の元凶と見て、明治政府の打倒も志すようになる。
破戒僧となった事件以来、信心は失ったが救世の心は失っておらず、志々雄曰く「十本刀中最も情け深い」。普段の口調は紳士的で、一人称は私。一派の者に対しては「~殿」と呼ぶ。自分の部屋「衆合の間」には巨大な不動明王像を安置している。
志々雄の配下となったのは利害一致であり、「生殺与奪の権利」を認めることを条件に力を貸している。志々雄が明治政府を破壊した後の世界が自らの救世にそぐわない場合には、反旗を翻すつもりだった。
下諏訪の森の中で、京都への旅路途中の左之助と邂逅、二重の極みを伝授する。 左之助との壮絶な拳の語らいの末、己の救世という暴走が、最も大切に思っていた子供たちをも苦しめているということを悟り、敗北を認める。一派壊滅後は警察に出頭するが、功労者(剣心たち)の嘆願によって極刑は免れ、懲役25年の実刑判決となり、北海道の集治監に服役する。