春
北国の冬は長い。
十月も半ば過ぎると掘りごたつで暖をとることになる。家々の雪囲いが始まり、本格的な冬の到来に備える。十二月に入ると初雪が降り、しばらくして根雪になる。そのまま四月まで雪は消えない。一年のうち五ヶ月間も雪に覆われる。北国──福島県猪苗代町で僕は19歳まで過ごした。
山々に囲まれた五十数件の村落が、まわりの広大な田畑とともに銀世界になる。枯れた枝、地 吹雪、人が歩けるだけの狭い雪道、寂しい冬の光景ばかりが想い起こされる。多くの人が冬は寂しいと思うように僕もそうであった。
冬は、父が都会へ出稼ぎに出る季節でもあった。父が不在のために、少年の僕をより孤独感にかりたてたのかもしれない
長く降りつづく雪も三月中旬ころからほとんど降らなくなり、雪解けに向かう。このころになると、もうそこまでやってきている春が待ちどおしくなる。時が経てば春がきて、雪が消えることはわかっていながらも、春を待つことにがまんができなくなる。雪の下に眠る土が見たいという衝動にかりたてられる。
僕はスコップを持って家のまわりの雪をとりのぞく作業にかかる。表面の雪はスコップで払うことができても、雪の中は硬い。まるで分厚い氷の板を大地に敷き詰めたようだ。ツルハシを同じところに振り落としながら氷を割る。四角形にした氷をゆっくりと静かに持ちあげる。そして、家の前を流れる小川に捨てる。
二十センチ以上もある氷がとりのぞかれると、土の香りといっしょに地肌が顔を見せる。四ヶ月ぶりだ。そこには、ちいさな、コメ粒ほどもない、とってもちいさな草の芽がたくさん育っている。土に新鮮さを感じ、土のありがたさを思う時だ。
今から二十数年前にもなる僕の少年期の春は、毎年こうしてやってきた。