先日、この本をフォトリーディングしてみた。
手に取った理由は、読書の達人(?)はどのように本を読みこなしているか気になったからだ。

今まで他人の本の読み方を気にしたことがあった。確か、5年ぐらい前かな?
その本は「本を読むときは3色ボールペンで重要部分に線を引いていきましょう」とか書かれていた気がする。

この本のテーマとしては2点挙げる。

第一に、読書は気軽に行うものであるという主張である。
たとえば、「書評を読んだことだけでもその本を読んだと言える」とか、「読まないまま、その本について語ることもやはり読書である」という著者のユニークな発想が出てくる。
これについて非常に共感を覚えた。なぜならば、読書とは必要な部分(特に自分が欲している情報)を取り出すだけでいいのである。
また、本は題材でしかなく、そこから自分で想像(かつ創造)することが一番重要である。
しかしながら、多くの人は読書といえば、堅苦しく時間がかかるもので、一度の読書で出来る限り記憶しなければという発想を植えつけられている。
読書が投資という発想を持てば、いかに短時間で多くの情報を引き出すかがキーとなるはずだ。そして、いかにイマジネーションを働かせるかなのである。
そういう意味では、できるだけ読書のハードルを下げて、あらゆる書物にあたり、アウトプットを継続して続けていくことが効果的な読書法になると言える。

第二に、読書は考えるという力の源であるという主張である。
著者は焚書坑儒などを反例に、読書の力を説明している。確かに、焚書坑儒でもわかるように、読書がいかに大きな影響を人に与えるかは想像に難くない。つまり、情報を与えられないと、人間は衆愚に陥るということがわかる。現在でも、情報を制限している国は存在する。しかし、日本という一見何も問題のない国においても、情報を常に吸収していかねば、衆愚になるのである。そのためにも、多くの情報を同化し、生かしなければならない。情報化社会においても、読書は一番コストパフォーマンスの高い方法である。体系的、専門的、安価な情報獲得方法といえるだろう。

今後においても、数多くの書物を読み、アウトプットを通じて学習を続けていきたいと思う。本当に、ためになる良書だと感じた。読むのに時間かかったけどね。(フォトリーディングできてない・・・??)
とりあえず、ロジカルシンキングをフォトリーディングしてみた。
今、休憩中で、休憩後に再度活性化という作業を行っていくことにする。

先ほど、終了した。

ロジカルシンキングという本を手にした理由は、業務の中でロジカルに考え、伝えることが必須能力と実感しているからである。

にしても、日ごろ、直感だけで発言している自分として耳の痛い話が多かった。

話のずれ、漏れ、重複は日常茶飯事なので。。。


では、この本を読んでどのような行動をとっていくべきか。

まず、コミュニケーションをとる時にはテーマを定め、相手方にどのようにアクションをとってもらい、答えを出していく。

その中で、MECEやSoWhatやWhySoといった考え方を実践していきたい。

で、実践の場であるが、上司への報連相やプレゼン、客先との交渉、メール等に役立てて行きたいと思う。



3月1日追記
友人とこのテーマについて議論をする。その時に議題に上がったのは、ユニークな発想を持った人間の話とロジカルシンキングのすみわけである。つまり、ロジカルがユニークさを相殺するのではないかといったものである。

これは大きな誤解である。結論から言えば、ロジカルな考え方を土台とし、その上にユニークな発想を乗せるのである。たとえば、MECEによるパターンの分け方にしても、その分け方を独自の発想で行う。

例えば、「学校の中の3つの食堂をはやらすにはどうすればよいか」という問いがあり、ほとんどの回答者が「A食堂、B食堂、C食堂に分けて・・・」と考え出す。そこで、「朝食は・・・昼食は・・・夕食は・・・」と分けてみることも独自の発想となるだろう。

ただ単に、思い付きで、「ご飯をおいしくする」とか「安くする」とか発言すればいいというものではない。

あまり、いい具体例ではないので、これで失礼することにする。。。

にしても、何かことをするときは”Why so”や”So What”を考えるようになったのは進歩かもね。
最近、IT技術や読書に時間を費やすが、アウトプットをする場所を作っていないことに気がついた。
アウトプット、情報の共有化をするために、アメブロを始めた。どれだけ続くか、または続かないかもしれないが、どんどんblogを更新していきたいと思う。