レナは仕事帰りにいつものようにショッピングモールに寄り、夕食の買い物をしようとしていました。

クリスタルショップが気になり、ブレスレッドをササっと見ていました。

 

10分ほど物色していましたがお気に入りのものは見つからず、ふらりと店を出て歩き始めます。

すると後ろからトットットと小さな女の子が近づき、レナの背中に触れました。

 

「あのう、すみません。」

 

「ん?どうしたの?」

 

「これ、身につけてもらえませんか?」

 

女の子が差し出す小さな手のひらには小さなピンクの石と金色の葉っぱのチャームがありました。

 

「どうしたのこれ?」

 

「うん、あなたに身につけてもらいたくて。」

 

女の子を見ると10歳くらいの色白の可愛い顔で、髪は長い栗毛色でした。

女の子は答えにもならない言葉をハッキリした口調で短く言うとさらに手を突き出しました。

 

断るのも何か悪い気がして、そっとピンクの小さな石をつまみ目の前に持ってきてみるとショップの蛍光灯を反射し丸く白い光を放っていました。

 

「インカローズだよ。」

 

「インカローズ。」

 

聞いたことはあるけどよく知らない石でした。

 

「ローズクオーツよりはピンクが濃いんだね。」

 

「そう。これをあなたに持ってもらいたいの。」

 

「どうして?」

 

「それは私にもよく分からないけど、あなたには持ってほしい気がしたんだ。」

 

「ふーん。もらっていいの?」

 

「うん、もちろん。」

 

「どうしたらいいの?」

 

「好きなようにしていいんだけど、ブレスレッドでもいいし、ペンダントでも、ストラップでも、バックにつけてもなんでもいいよ。」

 

「わかった。ありがとう。でもこれどんな意味が・・」

 

言葉を言い終わらないうちに女の子は走って行ってしまいました。

 

レナは何だろうと思いながらも捨てるわけにもいかず、上着のポケットに入れると食料品コーナーへと向かいました。

 

レナは家に帰ると買ってきた食材で簡単な夕食を作り、テレビをつけると缶ビールを開けグラスに注ぎました。

いつものようにテレビを見ながら味わうこともなく食材を口に運びます。

最近は体重が気になっているため野菜中心のものを意識して作りますが、レパートリーも底をつき生野菜をあえてアレンジしたものに肉を焼いた程度のものでした。

一人なら何を食べても味気ないね~というのが同僚の友人との口癖になっていました。

 

一週間ほどが経ち、貰った石のことなどてっきり忘れていましたが、上着のポケットに手を突っ込むと小さな金の葉っぱのチャームに小指が当たりました。

ポケットを探って取り出すと小さなピンクのインカローズも顔を出します。

昼休みに公園を歩いているときだったので、太陽の光に照らされて二つともこの前より何だか元気そうに見えました。

 

「そっか~。君たちのことを忘れてたね~。」

 

そう言いながら手のひらで転がしていると、目の前を歩く女の人の黒いバッグに目が行きました。

バッグにぶら下がったKの文字のイニシャルチャームの横にチンチンと音を立てながら小さなインカローズと金色の葉っぱが揺れているではないですか。

レナは目を疑いましたが、まぎれもなくその組み合わせです。

思わずその女性に声をかけたくもなりましたが、何と話していいかもわからずもたもたしている間に女性は公園から横断歩道を渡りオフィス街の方へと足早に歩いていきました。

 

「はて、どうしたものだろう。あれはもしかしてあの子があげたものだろうか。」

 

もんもんとしながらもどうすることもなく、レナも仕事へと戻っていきました。

 

数日後の日曜日、レナは本屋でお気に入りの本を三冊買い、スタバに入っていつものダークモカフラペチーノのグランデを頼むと腰を据えて三冊の中で一番気になる本を読みだしました。

しばらくしてふと目をあげると、斜め前に座りスマホをいじるスタイルの良い初老の女性の腕にピンクのブレスレッドが見えました。

よく見るとその中に小さな金色の葉っぱのチャームが光っています。

もう我慢できなくなり、レナは思わず女性に声をかけていました。

 

「あのう、すみません。」

 

「はい。」

 

「そのピンクのブレスレッドですが、インカローズですか?」

 

「そうですよ。一部ローズクオーツも入ってますけど。」

 

「それとその金の葉っぱのチャームですが、もしかして小さな女の子にもらったとかありませんか?」

 

「あら、そうです。よくわかりましたね。可愛い女の子にもらったんですよ。」

 

「ああ、やっぱり、実は私も・・。」

 

レナはおもむろにポケットからインカローズと金の葉っぱのチャームを取り出しました。

 

「あら、あなたも?それはよかったわね!」

 

「あの、これはどんな意味があってつけてるんですか?あの子はなぜこの石を配ってるんですか?私あの時、何も聞けなくて・・」

 

「さあ、それは私にもよく分からないんだけどね、その時に聞いたときあの子が言ったのは、何となく私のことを好きだからって言ったのよ。それは嬉しいって言ったら、あの子もうれしい、ありがとうって。私の孫も同じくらいの歳だから何だか素直に嬉しくてね。せっかくもらったんだからブレスに組み込んでもらったのよ。そして時々このブレス眺めたらあの子の顔が浮かんで何だかあったかくなるんだよね。」

 

「そうなんですね。私まだやってなくて。身につけてって言われたのに。」

 

「いいのよ。あなたも今からすれば。ただ、これ恋愛の石でしょう。私はもうおばあちゃんだから、恋愛は必要ないんだけどな~ってあの子に言ったら、インカローズは恋愛って言われてるけど、それだけじゃないよって。もっともっと広い深い愛だよってあの子は言ったのよ。だからそれならなおさら身につけたいなとも思ってね。」

 

レナはその足でクリスタルショップに向かうと、オーダーブレスができるかどうかをたずねてみました。

ショップの若い女性の店員は希望する石の効果、健康や金運や恋愛や癒しなどのニーズに合わせて作ることができると言います。希望の石をこちらが指定してそれで作ってもらうことも可能かと尋ねると、もちろんそれも可能という事なので透明なクリスタルのみで組んでもらい、持参のインカローズと金の葉っぱのチャームも入れてもらいブレスを作ってもらいました。

 

透明なクリスタルの中に一個だけの濃いピンクのインカローズと金の葉っぱ。

 

自分だけのオリジナルを初めてオーダーしたのが何だか嬉しくて、ピンクのインカローズもさらに輝きを増してそうで、いつか誰かにこれも見つけてもらえそうな気がして、ウキウキしてたまらないのでした。

 

お気に入りのブレスをし始めてひと月ほどが経った頃、仕事帰りの電車の中で座っているレナの前に立つ若い大学生風の女の子のネックレスに目が釘付けになりました。

ネックレスのトップに三つ並ぶパールの先端になんとインカローズ。さらにトップの付け根に金の葉っぱのチャームが光っているではありませんか。

 

思わずじっと見入ってしまっているレナの視線に気づいたのか、大学生風の女の子もジッとレナを観察しています。

そして、あっという表情と共に目が合い、互いにニッコリと笑ってしまいました。

レナのブレスレッドに気づいた大学生風の女の子がレナに話しかけ、次の大きめの駅で降りてお話をすることにしました。

 

「インカローズと金の葉っぱ、してるんですね!」

 

大学生風の女の子は目を輝かせながら話し始めます。

 

「そうなんです。あなたもやはりあの可愛い髪の長い女の子からもらったんですか?」

 

「はい、マックのバイト帰りにいきなり声をかけられて渡されたんです。」

 

「びっくりしますよね。」

 

「そうなんですよ。だから、私、最初は断ったんです。なんだろうって思ってしまったし。」

 

「そうなりますよね。私も戸惑ってしまって。でも、私も街で何度かこのインカローズを渡されたらしき人を見かけて、その方たちが嬉しそうにしてるのを見てやりだしたんですよ。あの子がどうして渡してるのか知ってますか?」

 

「私はその子に結構詳しく聞いたんです。時間もあったし。そしたら、愛の石だって。でも私は今はそんなものはいらないよって言ったんだけど、必ずいいことが起こってくるよ。いずれはこの石を持っている意味が分かるからって。」

 

「なるほど、たしかに他の人も愛の石ってことを言われたらしいんですけど、ただそれだけなんですかね。」

 

「あ、それともし好きな人が出来たり大切な友達がいたら、小さなインカローズとゴールドの何かのチャームをプレゼントしてあげてくれっても言われたんです。だから、私、この前できた彼氏にインカローズと金の猫のチャームをプレゼントしたんです。彼、猫が大好きなので。」

 

「えーそうなんですか。彼氏できたわけね!」

 

「そうなんです。まあ、恋愛の石でもあるからいいかなって。でも男の人にピンクだけっていうのも恥ずかしいだろうって思って、他の男性が好きそうな石もまぜてオーダーブレスにしてもらったんですけどね。」

 

「それは喜んだでしょう。」

 

「そうなんですよ。思った以上に喜んでくれて、誕生日でもないのにありがとうって。何でもないときのプレゼントって嬉しいもんだねって。それはそれでいいのかもしれませんね。」

 

「確かに純粋なプレゼント。理由なんてないっていうのがいいのかもね。」

 

全く知らない人たちと、こんな些細な共通のことで楽しく話が出来ていた自分に驚きながらも、まだまだ自分の中では納得できる答えは見えないレナでしたが、何か見えない糸でつながっているような喜びの余韻も残っているのでした。

 

そんな中、翌日、偶然にも会社の近くであの髪の長い可愛い女の子を見かけて駆け寄りました。

 

「こんにちは!!待って!インカローズのお嬢ちゃん!」

 

「そんな呼び方はやめて下さい。」

 

可愛い顔の女の子は振り向きざまに言葉を浴びせてきました。

 

「ごめんごめん。なんて言っていいか分からなくてさ。」

 

じっとこちらを直視する女の子にたじろいでいると、少し女の子の表情が和らぎ、ほっとして話しかけました。

 

「この前もらったインカローズと金の葉っぱだけど。あれ、いろんな人に配ってるの?」

 

「そうだよ。」

 

「どうして?」

 

「どうしてって、理由なんてないよ。愛の石だから持ってほしいと思った人に配ってるだけよ。」

 

「目的とかって、ないの?」

 

「目的?そんなものはないよ。愛を配るのに目的とかいる?」

 

「それはそうだけど。これ配るとどうなるの?この愛の石。」

 

「持ってみて、他の人も持ってるの見て、どう思った?」

 

「それは~。何だか嬉しかったというか、興味がわいたというか、なぜ持ってるの?と思ったというか。」

 

「でしょ?それでいいんだよ。私は私が好きだと思った人に石を渡したの。だから、その人も好きな人や大切な人に渡して欲しいの。そうするといずれは持ってる人はみんな、この人は誰かに愛されているんだって思うわよね。そして自分も愛されてるし、誰かを愛してるって。ただ、それだけでよくない?」

 

「たしかにそうね。」

 

「単純にそれだけよ。私は愛されてる。私は愛してる。それが確認できる。あなたもそうなのね。あなたもそうなのね。街を歩いていると、ああ~愛は循環してるなって確信になっていく。少しずつね。それがいずれはこの星に広がっていくのよ。」

 

「えー。そうなの?」

 

「そうよ。そうに決まってるわ。あなたが街中でこのインカローズと金のチャームをつけた人を見た時に心がときめいたように、他の人も同じような何かから感情を揺さぶられるはずよ。あなたの同僚や取引先や友人がしていたら、それを見つけたら何か温かい気持ちにならない?もしあなたが厳しい商談をしてる時に相手がこれを身につけていたらどう?大嫌いだった上司がある日、カバンにこれをつけていたらどう思う?どんな人でも誰かに愛されて、大切に思われているんだなと心によぎらないかしら。一方的に相手を責めにくくならない?この人も極悪な人間じゃないんだってなるかもしれないでしょう。」

 

「確かにそんなことはあるかもしれないけど。じゃあ、これって、なんかバッチみたいなもの?SDGsとか、何とかの会とか・・」

 

「近いとこもあるかもしれないけど、大きく違うのは私がやってるのは強制とかをされてないってことね。義務とかではないし。自分たちの薄っぺらい利益のためにってものがないということ。根底には自分の心から発動される純粋な愛が流れてるってことかしら。ただ、その人が好きっていうね。その気持ちが大きい時にプレゼントしてるの。その愛のエネルギーがあるからもらった人も相手とのトラブルは減るはずなのよ。私はそう思うわ。」

 

「なるほど。そうすると確かに会社や組織の形だけのバッチとは効果も意味も大きくちがってくるわね。」

 

「そう、そしてこの小さな動きが渦となって、さらに大きな渦となって世界に広がっていったときには、実は世界中を愛のエネルギーが覆うことになるの。それも一つ一つがしっかりと繋がった強烈な愛のエネルギー。親子だとか恋人だとか親友だとかその極小単位だけど強力につながった愛の鎖となってね。そうなるとこの星は本当の意味での平和へと近づくはずよ。なにせ個々の争いごとが減っていくんですから。」

 

「じゃあ、このインカローズというのは恋愛とかいう効果だけではなくなってしまうってことね。」

 

「そうよ。恋愛っていうのは最小単位の強烈な愛のエネルギー、それがもっと広い愛になり、人間関係や社会や国へと広がり、世界の平和へとつながる。やがてはこの星の存続まで影響していくのよ。インカローズは過去の傷ついた心も癒す。この癒しは戦争を繰り返してきた人間社会全体に必要なのよ。傷つけられてきたこの地球にもね。」

 

「そこまで!」

 

「そう。だから、このインカローズを身につけて金のチャームをすることで、私は世界平和を望むこの星の住人ですって宣言していくことになると思うの。この地球全体の幸せを願ってるって。だって、インカローズのピンクはこの星の血流なんですもの。それを身につけているだけで地球の一部なのよ。」

 

「じゃ、最後に聞くけど何であなたは女性にばかりプレゼントしてるの?」

 

「それは男性が愛のエネルギーに疎いからよ。愛を循環するには必ず女性のパワーが大きく影響する。女性は愛のエネルギーを自ら充電できる。でも男性は放出することを中心に行ってしまう。男が治める世の中は争いが絶えないわ。今までもずっとそうだった。ただ、男性だけの責任でもない。戦争を始めるのは男でも世論をあおり続けて戦いを支持し続けるのは一部の女でもあったわけだし。でも、一人一人のつながりを強くして、和をもって愛を循環させていくのはどうしても女性が得意なの。だから今からは女性が中心となっていかないとこの星は男が滅ぼしてしまうわ。」

 

数年後、世界中の多くの人はインカローズの粒を身につけ、金のチャームを身につけていました。

魚屋さんは魚の金のチャームを八百屋さんは野菜の金のチャームを、車を、飛行機を、船を、列車を、ピアノを、服を、帽子を、フライパンを、どんぶりを、それぞれの人が大好きな金のチャームをチリチリと鳴らしながら、ご機嫌よく暮らしています。

皆が愛する人にあげて、愛される人からもらって。

そしてこの星を運営する地球会議の席でも、代表者たちはみなピンクのインカローズを身につけています。

まだ一部の男たちはこっそりとですが。

 

 

                          了