「残るは須佐之男命ですが、スサノヲとはどういう存在だったのですか?」

 

「ご存知のようにスサノヲは古事記にも日本書紀にも、その他の文献にもよく出てくるので有名な男神です。いろんな神話で多くの日本人が知ってますよね。しかし、ここにもかなりの誤解があるといってよいでしょう。まあそのように伝えられてしまっているのですが。」

 

「全国の神社などでも須佐之男命を祀ったものが多いですが、全国を周られた方なのですか?」

 

「はい。全国を行脚した経緯もありますが、まずその生まれからお話ししましょう。スサノヲはイザナギとイザナミの第四子として産まれてきます。古事記にはイザナギが鼻を洗ったときに生まれ落ちたとされていますが、実際には夫婦の営みのもとに産まれました。ただ、その際の妊娠、誕生にも人類が学ぶべき秘密というか、自然の摂理からの学びが隠されています。スサノヲを身ごもった時に妻のイザナミは月経が終わって間もなく、汚血が残った状態で身ごもったのです。古代より子作りの言い伝えとして、女性が月経が終わって後、三日を置いて心身を祓い清め、朝日を拝み、男性から声をかけ、男は左回り女は右回りの御柱廻りを行った後に床入れをするとあります。それにより男性は天からのエネルギーを頭頂より受け入れ、女性は大地たる意識をもって男性の天のエネルギーを受け入れ身ごもることになります。その理法を誤ってしまったのです。そのことにより、スサノヲは性格が荒々しく、所かまわず泣きわめき、雄叫びをあげ、世の人に悪さをしということをしてしまう子になったと言われています。」

 

「そのようなことがあるのですね。」

 

「ホツマツタエにはこのような記述もありますが、実際にはスサノヲは幼いころから愛情いっぱいに育てられました。このころはイザナギとイザナミの全国行脚も一段落し、一家は安定した生活を送っていました。ですから幼児スサノヲの育児環境は非常に良かったのです。歌や踊りが毎日繰り広げられ、情操教育的にも恵まれていました。ただし、どうしてそういう荒々しい性格になってしまったのか、それは末っ子であったためにそうしても我がままに育てられたということもあります。さらにスサノヲがまだ思春期の時期に母であるイザナミを火事で亡くすことになるのです。少年スサノヲにとってこれはとてつもない悲しみになりました。その反動もあってますます狼藉や粗暴な行いに拍車がかかることになります。ですから、スサノヲが母の代わりに甘え、相談ができる存在はそのころには両親のもとに戻っていたヒルコヒメであったのです。」

 

「スサノヲの不安定な精神の根底には母親への愛情の渇望があったのですね。」

 

「そうです。そして、この若きスサノヲを迷わし、大問題を引き起こす事件が起こります。この辺りは古事記や日本書紀にも触れられていない箇所ですが、その頃アマテラスの治世が始まり、アマテラスは四人の后を迎えそれぞれの后に子供が生まれ家族も増えていく時期でした。そこにセオリツヒメが正室として后に加わり、後継ぎとなるホシホミ三が産まれます。アマテラスは容姿も端麗で正室としての素養をすべて備えたセオリツヒメと珠のようにかわいいホシホミ三にどんどんのめりこんでいきます。ヒルコヒメすらもホシホミ三の教育係をかって出たわけですから、宮中はこの母子を中心に回りだすのです。そこで面白くないのが他の后たちです。若いスサノヲはこの側室である后の一人に誘われその元に頻繁に通うようになります。」

 

「え~!そんなことがあったのですか。」

 

「そうです。さらに悪いことに嫉妬と憎しみでいっぱいになった側室の后はスサノヲを夜な夜な手なずけながら、よからぬことを考え出します。つまりスサノヲを立ててクーデターを起こし、アマテラス政権の転覆を計ろうと画策するのです。しかしそれは当然成就せず、側室の后とスサノヲの関係が大問題になります。そして不倫を疑われた側室の后は子供たちと共に九州へと蟄居させられることとなります。その子供たちが宗像の三女伸の姉妹です。側室の后の名をハヤコといいます。」

 

「え?ハヤコ?ハヤコですか??」

 

「そうです。ハヤコです。」

 

「・・・・・。」

 

「あ、そうか。そうですよね。驚きましたか。」

 

「というか、ちょっとショックです・・」

 

「まあ、そういうこともあるということです。ハヤコは宇佐の地に蟄居されて謹慎することになります。子供たち三人は宗像の有力な豪族に預けられることになります。側室のハヤコはしばらくはおとなしくしていますが、その後大問題を起こしていきます。」

 

「スサノヲはその後どうなるのですか?」

 

「スサノヲも地方に飛ばすべきだという意見も出ますが、姉であるヒルコヒメが庇い、アマテラスも若気の至りということで厳しい処分はありませんでした。スサノヲはその恩に報いることもなく、やはり問題のある行動を度々繰り返していました。酒癖が悪いことも問題を大きくしたのかもしれませんし、母親の愛情への渇望、父親イザナギから認めれられたいという焦りもあって不安定な状態が続きました。そこで古事記に出てくる事件が起こるのです。古事記にある小屋の屋根に穴をあけ、尻から皮を剥いだ馬を落とし驚いた機織りの女性が機織りの針で陰部を突き刺して死んでしまうという事件ですが、これは脚色されていて事実とは異なります。確かにスサノヲは酒に酔って狼藉を繰り返しましたが、時々とんでもない騒ぎごとを起こしました。馬の尻の皮を剥いで暴れさせたりしたのもその一つです。ただ、この暴れ馬騒動で被害にあい亡くなったのがセオリツヒメの姉であったのです。そこでアマテラスは自らの人事の甘さと人民への自制の思いも込めて岩戸隠れという流れになるのです。」

 

「そういうことですか。」

 

「天の岩戸隠れの話はまた後日ということにして、スサノヲの話を続けると、彼はこの一件で当然ながら厳しい処分を受けることになります。しばらくは謹慎していましたが、天の岩戸の問題が片付くと正式な処分が決まりました。アマテラスをこれだけ困らせ正室の姉まで死なせてしまったのですから、本来は死刑というくらいに重臣たちの怒りをかっていました。しかしここでセオリツヒメが減刑を願い出て、ヒルコヒメが泣きをいれ何とか死刑は免れましたが、一切の要職を解かれ北方への左遷を言い渡されます。」

 

「それから北方へといくのですね。」

 

「しばらくは放浪をしていましたが、北方へは行かず出雲方面へといってしまうのです。」

 

「どうして出雲なんですか?」

 

「ハヤコです。ハヤコは宇佐の謹慎から抜け出し、出雲方面へと逃げていました。そこで奥出雲の地に落ち着くとスサノヲに使者を送りコンタクトを取ったのです。」

 

「ハヤコがどうしてまだ連絡を取ってくるんですか?」

 

「まだあきらめていなかったのです。というか、もう政権がどうこうというよりはアマテラスとセオリツヒメへの嫉妬と憎しみで精神的にもおかしくなっていたのです。」

 

「どういうことですか?」

 

「現世で進むアマテラスの治世が整えられていくにつれ、その反動としてハヤコやその親族、その他の左遷された皇族、地方で好き放題に人民を苦しめていた豪族などの不満や恨みは膨れ上がりやがて反乱の火種となってきます。そこに乗じた幽界の存在たち、妖怪や悪霊、鬼どもも混乱に乗じて人間たちに憑りつき悪行に拍車をかけだしたのです。アマテラスが天界と通じ神々のご加護のもとに治世を行うほどその反対の勢力も必死になってくるのです。波動が低い者たちは波動が低い存在とつながっていきます。ハヤコもその標的になりました。そういう者たちを引き寄せる心になってしまっていたのです。天の岩戸の問題が解決するとともにこの大混乱が各地で噴出しました。そして、政から追放されてフラフラしていたスサノヲにも誘いがまた行われたのです。」

 

「それでスサノヲはどうするのですか?」

 

「スサノヲはハヤコから誘われると断れず、まだ慕情もあったため、のこのこと会いに行ってしまいます。いつの時代も男は愚かです。ただ、さすがにハヤコの姿を見ると、これはまずいということになり理由をつけてハヤコとは離れたところに住みます。スサノヲもさすがに幼少期から神事の行を行ってきた身ですので悪霊の憑依などは即座に見抜いたのです。そしてアマテラスは各地で起こているこの混乱、霊界と現実世界を巻き込んだハタレ(破垂)の乱を鎮めるために討伐軍を派遣します。その時に出雲に遠征してきたのがイブキドヌシ、ツキヨミの子供です。」

 

「ここでイブキドヌシが出てくるんですね。」

 

「イブキドヌシの一軍は最初スサノヲを見た時は誰か分かりませんでした。それほどスサノヲの姿格好も庶民に成り下がって落ちぶれていたのです。ただし、イブキドヌシはその人物が叔父のスサノヲであることを知ると、心広く受け入れるとともにハタレの乱を鎮めることを誓います。そこで一軍とともにハヤコのところへと進軍して行くのです。」

 

「ハヤコは反乱を起こしたのですか?」

 

「その時はもうハヤコはアマテラスへの怒りと恨み、スサノヲの裏切りへの憤怒で完全に悪霊に憑依され、姿すらも変わっていました。それが斐川の奥に住むヤマタノオロチです。」

 

「え~!そうなるのですか。」

 

「そうです。人間が完全に霊的な存在に憑依されるとその姿さえも変わり、妖怪と化してしまいます。そのことも実は神話は伝えているのです。スサノヲはハヤコとのつき合いも長かったため、その弱さもよく知っていました。ハヤコは酒が大好きで飲むとすぐに眠ってしまう癖があったのです。そこで大量の酒をヤマタノオロチに飲ませ、油断したところを退治するという伝説として残るのです。」

 

「なるほど~。そこでハヤコは殺されてしまうのですか?」

 

「いえ、退治されたのはあくまでも霊的な存在として悪行を働いたヤマタノオロチです。正気にもどったハヤコは再び宇佐に戻り静かに余生を送ることになります。ちなみに古事記などではこの時にヤマタノオロチを退治し、その腹の中から天叢雲剣が出てきてアマテラスに奏上されるとありますが、これは実際には奥出雲のたたら場で当時最高の刀鍛冶によって鍛えられた名刀を持ってヤマタノオロチを浄霊したためそれを収めたものです。降魔をするための一種の聖剣なのです。」

 

「現実の戦いと霊的なものが入り混じっているわけですね。」

 

「このようなことは現代でも同じ構造です。実はこの世だけでの戦争などはありません。その戦争を引き起こす者や裏で糸を引くもの、指揮官などには必ず憑依というものは起こっています。天叢雲剣はそのようなものも祓う力があるということです。」

 

「その後はスサノヲはどのような人生になるのですか?」

 

「その後はハタレ討伐を各地で行いましたので、その功績をアマテラスにも認められ、自らの思いと行いも正されて、クシナダヒメを后として迎え、出雲の地に落ち着くことになります。ヒルコヒメやツキヨミとも連絡を取り合い、穏やかな日々の中で新たな集落を築き出雲地方を治めていくことになります。そこで歌われたのが有名な八重垣の歌です。スサノヲも落ち着き、素晴らしき夫、父、王となったのがよくわかります。クシナダヒメは五人の子供を産みます。その中から子孫としてオオクニヌシが出てくるのです。」

 

                                   

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