人によって、不快感とか吐き気とか怒りとか覚えるかも。ヒかれる覚悟はないからヒくかもしんないひとはみんな。ただの独白。あ、これ私の独白じゃなくて創作ですよ。ある意味死ねた。ネガむつき。













































なぜ僕が生まれてきたのか。僕という自我は、なぜ僕という器に入っているのか。僕は僕で、その事実はどうしようもない。だけど僕は、つまり僕という自我は、僕という器に入っていなければもう少し幸せに成れたんじゃないか、と時々思うのだ。
そういうことを考えるのはたいてい布団の中で、別段嫌なことがあったわけでもないけれど、なんとなく何かが恋しくなるときだ。そのとき僕はたまらなく誰かに抱きしめて欲しいのだが、実際のところ僕を抱きしめにきてくれる人など誰も居なくて、(訂正、一人居るには居るが彼はいま仕事中)結局布団に包まって枕を抱きしめて擬似的な人肌を作って満足する。僕はいつだって誰かに抱きしめて欲しいのだ。もしかしたら彼でなくても、僕に優しい人ならもしかしたら誰でもいいのかもしれない。好きだ好きだと思うけれど、もしかしたらそれは僕に優しくしてくれるからとかそういう自己愛のかたまりのような理由なのかもしれない。そう思うと彼に申し訳なくなって、けれど次の瞬間にいや、僕はたぶん彼のことをちゃんと好いている、と思いなおす。理由はとくにない。
先ほどもう少し幸せに、と言っておいてなんだが、僕は僕が不幸だとは思っていない。世の中に不幸な人は沢山いるわけで、僕はとりあえず五体満足だし住む家もあるし、いじめられているわけでもない。ただ幸せだとも思わない。僕はお金持ちではないし、なにか秀でた才能があるわけでもないし、努力家ではないし、イケメンではないし、体つきもひょろひょろしていてまったくもって気持ちが悪い様子だったからだ。自分の嫌なところなら際限なく挙げられる。ただ、それをすると嫌われることを僕は確か本で読んで知っているので、そうしない。本当はひとつひとつ声に出して言って、そして「違うよ」と言ってほしいのだが。漫画ではそういうシーンを見かけたりするが、どうしたらそういう自分に都合のいいシーンに持っていけるかはどこにも書いていなかった。

ああ、僕はなにを考えているのだろうか。よくわからなくなってきた。ただ酷く不安で、布団を首まで引き上げて息を吐いた。
僕は人なのだろうか。妖怪なのだろうか。どうせ魔力がないのなら、姿も人間と同じにしてくれたらよかったのに。今のままではどちらに属せばいいのかわからないし、どちらからも同じものとして認めてもらえない。こうもりはきっと、こんな気持ちだっただろう。動物なのか鳥なのかはっきりしなくて。あれはきっと彼なりに仲良くして欲しかったのだ、そんなことしなくても君は僕らの仲間だよ、とか。陳腐な感じに。
生き続けるのは苦痛だろうか。とりあえず、今の仲間と一緒に居ることが出来るのは長くてあと五十年ぽっちだろう。一人とか二人とか、妖怪の友達はもしかしたらずっと生きていてくれるかもしれないが、それでもたぶんいつかは僕とは離れるだろう。なぜならメルヘン王国の血統主義みたいな考え方が、僕らの世代にはまだ根付いていたし、いずれ自分の家を担う男子にとって僕のが友達であることは非常にマイナスだろうからだ。僕の大切な友人は「そんなのナンセンス」と言ったけれど、そういったことを言えるのは若いうちだけなんだと僕はなぜか知っている。そのうち自分より大切なものができてしまったら、世間体のほうが気になり始めるんだ。失って得て失って得て、僕はそのサイクルで生きていくんだろうか。なんと不毛なんだろう。だからといって求めないことはできない。恐ろしい。僕は失うことが怖い。何よりも怖い。恐ろしい。それをこれから何度も味あわなければいけないなんて、考えるだけでも苦しい。
いっそ今断ち切ろうか。死ぬときは痛いかもしれないが、死んでしまえば痛みなんて感じないし、少し我慢すれば意識がなくなる、きっと。もしかしたらショック死というやつで、すぐに死ねるのかもしれない。死んだことがないからわからないけれど、死の先にあるのは安らぎだと僕は確信していた。死後の世界ではきっと誰もが幸せなのだ。誰かの幸せはたいてい誰かの不幸せだが、死後の世界ではそんなこともきっとなんかかしらの手を使って回避されているのだ、きっと。話が廻って元に戻るがそうすればもしかしたら僕という自我は僕という器以外の場所に入る機会を手に入れるかもしれない。まあそのとき僕の自我に僕の記憶がないかもしれないけれど。
ああ死んでしまいたい。死んだら楽だなあ。明日のバイトもいかなくていいし、もうテストもない。アイスクリームが食べられなくなるのは残念だけど死んだらそんなことわかんないだろうので別にいい。でも生きてたらアイスクリームが食べられる代わりに辛いことも沢山あるのだ。なんだ、死んだ方がましじゃないか。あの人に会えないのは寂しいけれどそんなこと死んだら関係ないし。ああでも悲しむかなあ、悲しんでくれたらいいなあ。僕の亡骸を抱いて泣いてくれるだろうか。一生おぼえていてくれるだろうか。もしかしたら一生愛してくれるかもしれない。そうなったら嬉しい。もはや心に宿るよりも心に巣食う、の方が近いな。なんて妖怪らしいんだろう!
涙が頬を伝った。僕の想像はどちらかといえば幸福な方向へ向かう想像だったはずなんだけど、なんで涙が流れるのかよくわからないし、まったくその必要はないんだが。枕が濡れると眠るとき気持ち悪いんだ。できれば涙が止まってくれると嬉しいけれど、ああでもなんだか泣くのは気持ちがいい。気持ちがいいからもう少し泣いていよう。泣くのは疲れるし、一眠りして、まだ死にたかったら死のう。このまま二度と目が醒めなかったらいいのになあ。おやすみなさい。

きさらぎとのだみきとナミコさんしかいないGA

それが三芸

きみにーぼーくーかーらー

やくそーくーしーよーうー

いつかーぼーくーにーむーかあってー

はしいってーくーるーとーきはー

きみのしーせんーをー

そらさーずにーいようーーー

きいとーだーれーよりじょおずにー

うけーとめーるよーーーー


バンプのキャッチボールはどこまでいってもとらいのだ。

消える魔球のような優しさ・カーブのような愚痴

とれるわけないだろうっていいながら必死でとって

とれないと思ったって驚いて

ああ青春。

必死でとろうとするのが虎か猪かはそのときどきだとおもうのよ。

どっちにしても とれなくていいと微笑んでほしくない って思ってるに違いないんだからね。

きっと三年生になったらもっと声は遠くなるんだろう。そんでコエは近くなるのさ。

ああ青春。青春だね!!!!