連日でお届けする予定だった「追悼のしおり」②を書きます。
今年に入り親戚に不幸が続きましたが、鹿児島まで葬儀に出る事も
出来ず、香典だけで失礼しておりました。
素敵なしおりでしたので、続けて紹介いたします。
「追悼のしおり」 在りし日の日々を偲んで
「おっかん、長い間ありがとう・・・ 先に待つ家族とどうか安らかに」
奄美大島から開拓者として中之島に移ってきた父と、ゼロからの出発で
今日まで築きあげてきた母。
雨の日も風の日も夫婦で力をあわせ、農作業、山仕事に汗水流し、懸命に
なって私たちを育ててくれました。
野菜作りの名人だった母が、大きなスイカやメロンなど沢山作っては、
周りの方に配っていた姿や、飼っている牛に子や孫の名前を付けて可愛がり
、大事に育てていた姿も今、懐かしく思い出されます。
年を重ねてからは、島の方々が毎日、母のしゃべりを楽しみに来てくださって、
お客様のたえない日々でした。
夏休みに孫が遊びに来れば、海水浴に連れて行き、遊ぶ姿を
眺めるその温かい眼差しは、今も胸に焼き付いております。
母 **は、**日 ゆるやかな春風に乗って、伴侶と四女の待つ遥か空へ
旅立ちました。
仕事を愛し、家族を愛し、笑顔で歩んだ87年の生涯でした。
鹿児島での闘病生活を余儀なくされたこの半年・・・。
母は、毎日見舞う孫の笑顔を支えに、痛い顔ひとつ見せず、治療に専念して
くれました。
島が大好きで、島から出たくない言っていた母を帰してやれないまま迎えた
別れが、悔やまれてなりませんが、最期まで「おっかん」らしく りりしい顔で
この世を去った母にならい、私たちも確かな歩みを進めて
まいりたいと思います。
皆様との良きご縁に恵まれ、実り多き日々を歩ませて頂いた母に代わり、
深く感謝申し上げます。
ありがとうございました。
私達が生まれ、記憶がある頃からずーと笑顔で迎えてくれたお二人でした。
逝く人も見守る人も、いつかは訪れる事ですが、
命や、人生観について考えるいい機会でした。 ![]()
おじちゃん、おばちゃん ありがとー![]()