『鏡王女物語』(七) 中大兄皇子、そして鎌足のもとへー3 | 十勝村梨実のブログ 

『鏡王女物語』(七) 中大兄皇子、そして鎌足のもとへー3

『鏡王女物語』(七) 中大兄皇子、そして鎌足のもとへー3


これからお話しするのは、後々、わが夫鎌足どのからお聞きしたことです。


 「後宮に入れたをなごが、他所の種を宿していた、それもやんごとなき(注715)一貴皇子の種を、となれば、それこそ飛鳥雀のさえずりも、ひと際騒がしいものになるだろう。また、筑紫との関係もこじらせるわけにもいかぬしな。どのように始末をつけるか、本当にあの時は頭を抱えたぞ」、と、仰いました。


 「このようなことで収められないでしょうか」、と、鎌足どのは、中大兄皇子に申し上げたそうです。ここは一つ、寶女王様に一役買っていただくことで如何でしょうか」と。

 「具体的には、どういう方策があるのか」と、皇子がお聞きになられ、「寶女王様に、三輪明神(みわみょうじん 注716)の夢のお告げがあった。陰陽師(おんみょうじ 注717)の夢占いで、このたびの妻問いはなかったことにしなければ、災いが、うがや一統全体に及ぶ、という筋では如何?」と、鎌足どのが考えたところを申し上げたそうです。


 「ふむ。だが、筑紫に返すわけにも行くまい。もう一工夫必要だろう。」と、仰って、言葉を継がれたそうです。

 「おおそうだ。汝の妻人が半年前に難産の末、亡くなったという不幸があったな。まだ嫡子(ちゃくし 注718)も出来ずにいる、鎌足が私、中大兄に、御殿の女性のどなたか是非わが元へ、と願出でたことにしようぞ。うむ、これは良い、これは良い、鎌足、異存はなかろうな!」と、話は進められたそうです。


 時々、妹分の額田王のところに遊びに見える、「鏡王女の安児姫」の才色兼備ぶりは有名だったと、多賀が後々まで言いました。その王女が、中大兄皇子の後宮(おおおく)に入られた、と聞いてがっかりした大宮人(おおみやびと 注719)も多かったし、それを下賜された鎌足はなんという果報者よ、と評判になったことなども、後で多賀が教えてくれました。

流石の知恵者の父上も、今回は、「もしや、と、思わぬでもなかったが、所詮(しょせん 注720)男の見る目で、女子の微妙な体の変化までは見とれなかった、申し訳ない、逆に中大兄殿に借りができた。」と、中大兄王子と鎌足どのに頭を下げられたそうです。




十勝村梨実のブログ -花嫁姿 花嫁姿 ノリキオ画


 早速、飛鳥の鎌足どのの屋敷では、盛大な宴が開かれました。屋敷に父上のお話を聴講に見えていた、若公卿衆も大勢見えられ、冷やかしともお祝いともつかぬ言葉を掛けていただいたりで、騒々しいかぎりでした。


鎌足どのは、一人ではしゃいで、みなさんにお酒を勧められ、ご自分でも何度も同じ歌を歌って、嬉しさを皆に示しました。その歌は丸で、子供が欲しい玩具(おもちゃ)を手に入れた、というような、あからさまな歓喜(よろこび)の歌でした。


  われはもや 安み児得たり みな人の 

   

         得難(えかて)にすとふ 安み児得たり (注718



 お酒の匂いを嗅ぐのもいやで、気分優れぬと一通りのお目通りを済ませて、座を引かせていただき、閨にこもっていますと、多賀が気分は如何と部屋に来ました。 本当に多賀の顔をみるだけで、ほっとさせられました。


 多賀が四方山話のついで、という感じで思いがけない、宇佐岐(うさぎ)の話をしてくれました。

 百済での仕事も一段落して故国に帰ってきて、鏡のお殿様にお会いしたいと、飛鳥へ下ってきたそうです。父上はお喜びになられ、屋敷に二人を留め置かれて、毎日のようにあちらの国のお話を聞き穿じっていらっしゃる、と話してくれました。


 「二人?」と聞き返しますと、彼の国で良き女性に出会った、と、嫁を連れてきました。」

 「どんなひと?」

 「宇佐岐には勿体ないほど可愛らしいひとです。」

 「どんな感じのひと?」と、重ねてききますと、

 「昔の、まだお化粧も知らないころの、安児姫みたいな。」


 もっともっと話を聞きたかったのですが、宴も終わったようで、鎌足どのが見えました。

 先ほどまでの酒宴のときの状態でなく、きちっと相対されると、頭を下げられ次のようなことを仰られました。

 「安児どの、この度の一貴様のご不幸お悔やみ申し上げます。ゆっくりとお話できませんでしたが、此度の無礼千万な振舞いよう、なにとぞお許しあれ。中大兄殿、鏡王殿が、これが一番の上策、とされ、私めが舞台に上って、ひとさし舞う役をおおせつかった次第。ともかく、今は、御腹のやや児の無事出生を第一に念じられることが、一貴様への良い供養になることでしょう。 一応世の中の雀共の目を逸らすにも、夫婦の形は整えておかなくてはなりませぬ。そこのところを無礼と思われませぬよう、御心得おきくだされ。」


 「何を仰せです。私は中大兄どの後宮に一度入った女です。本来なら、身籠りを隠していたと、成敗されても致し方ない身です。思いがけなく、鎌足さまに拾い上げられ、やや児も産めと仰せられる、この上の幸せはございません。」

 

 薄暗い閨のともし火の中で、鎌足どのは「では大事にされよ。」と、言い置かれて、すっと出て行かれました。いましばし、ゆっくりとお話をしていただきたい気持ちでしたのに、・・・。 寝間の褥(しとね 注721)に包まれて、鏡の里で忘れ貝をくれた宇佐岐や、七山での一貴皇子との出会い、父上の肩車の上での鎌足どのとの出会いなど昔のことを、終夜燈が、丸で走馬灯のように、影を浮かび上げてくれるのを感じながら、眠りに落ちました。


                 (つづく)



(注715)やんごとなき  身分や家柄の高い・高貴な・貴重な


(注716)三輪明神 奈良県桜井市の三輪山のふもとの大神神社の主神 大物主大神のこと。


(注717)陰陽師 陰陽道という方法を用い、全ての吉凶を占う宗教家。律令に定められた官僚でもありました。


(注718)嫡子 正妻の長子のこと。


(注719)大宮人 宮中に仕える人。


(注720)所詮 結局は、の意味。


(注721)安み児得たり の歌 この歌は、藤原鎌足が中大兄皇子から妻を下賜された喜びを歌った、とされます。万葉集巻二第九五番にあります。意味は、「私はやっとヤスコを自分の物にできた。みんながとても得がたいと言うあのヤスコをだぞ。」です。


(注722)褥 柔らかい敷物・寝具。