『鏡王女物語』 (二)幼い日の思い出 -1
第五回
『鏡王女物語』(二)幼い日の思い出 -1
私はまだ六歳で、ばあやの多賀(たが)と一緒にお弁当を持って、七山(ななやま 注201)に春の菜摘みに出かけた時のことでした。お供は、腕白盛りの多賀の小坊主が二人と、お弁当を入れた手桶(たおけ)を下げた、ねえやの江知(えち)です。蝶々を追っかけたり、ハヤを追っかけたり、蜂に追っかけられたり、はしゃいでいます。まだ動きの鈍い蛇(くちなわ)を棒で叩いたりするのに忙しいようです。
私も野の花が綺麗なので摘み始めましたら、「ひめ、その花はアブラナだからその花は摘んではいけません、ツメ草のお花で冠をこさえてみては、」と多賀に止められてしまいました。
多賀は小坊主たちにも、「そこの茂みにあたりの地面を棒で叩くのじゃ、くちなわを追い出しておかないと小用も足せないから」「そんなに走り回ってアゼが壊れたらどうする。おかかりに見つかったらただじゃすまない、足の一本折られても文句いえないぞ」などと小坊主達に注意しまくっています。
それでもなんとか、小川の岸の芹やナズナやハコベラなどを籠一杯に摘んで、やれやれ昼を使おうか、と下の谷川に江知は水を汲みに、多賀はお皿の代わりになりそうな、ツワブキの葉っぱを捜しに出かけました。
本当にあのような時代があったとは夢のようです。近頃は、亡き母上に教わった、おまじないをしなくても、昔のことが夢枕に訪れてくれます。
この地で皆さんから「鏡の殿さま」と呼ばれている、お父様が、手を取り指を折り曲げながら、五・七・五・七・七と教えてくださった頃の、恥ずかしいばかりの幼い歌を思い出します。
夢見ては 思い出づるよ 小鮒(こぶな)釣り 兎(う)を追いかけし、なな山の里(注202)
(注201)七山(ななやま)
佐賀県唐津市七山 唐津湾にそそぐ玉島川の上流 夏場は渓流遊びで賑あう。玉島川を遡り峠を越えて、嘉瀬川を下ると吉野ヶ里を経て有明海に至ります
(注202) この疑似万葉調ともいえぬ下手くそな歌の元歌は、“兎追いしあの山 小鮒釣りしかの川”で知られる「故郷(ふるさと)」です。
高野辰之(一八七六年長野県生まれ)作詞で、一九一四年に尋常小学校六年制の唱歌に採用されました。作曲は岡野貞一(一八七八年鳥取県生まれ)で、この両者のコンビで「春が来た」、「朧月夜」、「紅葉」などが生まれました。
