「手段の自己目的化」というのは日本社会のあちこちで見られる現象で、特に最近は酷くなってる気がする。分かりやすいのがいわゆる KPI への信仰めいた態度だ。この KPI とは Key Performance Indicator の略なのだが、要は最終ゴール達成のための中間指標であって、それ以上でも以下でも無いはずだ。ところが、これがやたらと大きな顔をする。民間企業なのに利益や売上のような致命的な指標よりもエラそうで(苦笑)、まさしく本末転倒そのものだ。
何となく感じるのだが、この手の現象に共通するのは「複雑な現実を複雑なまま見ない/見たくない」傾向だと思う。アレとコレとが重要指標だとか言って、他のパラメータをバッサリ切り捨てる。きっとこれは、目下の現実が「多変数で非線形」なバタフライエフェクトである事への拒絶(または抵抗)なのだろう。もっと言えば、世界中のあらゆる業種で起きている「計画経済(=社会主義)の完全崩壊」を見たくないという、一種の事なかれ主義であり「ダチョウの平和」なのだろう … なお、本物のダチョウは〈怖くなった時に頭だけを砂に隠す〉ような間抜けはしない。そんな呑気な事をやるのは、文明に命を守られ自己欺瞞の上手な人間くらいのものだ(苦笑)。
はっきりしてるのは、複雑な現実をごく少数のパラメータで理解した気になっていたら、いずれバタフライエフェクトのしっぺ返しを喰らうという事だ。現実の物理世界には「2段飛ばし」など無く、それで何かを出来た気になっても大自然は必ず仕返しをしてくる。
少し前の記事で書いたが、分かってないくせにやけにエラそうな要人たちは、いずれは「まさか!」と言いまくる事になる。そしてその時とは、まさに今この瞬間「9月」なのだ … 先月の段階でそんな気がしていたが、おそらく本当にそうなっていくと思う。
KPI 信仰と似た話になるのだが、僕が以前から強い違和感を持っているのが「スケールメリット厨」だ。二言目にはスケールメリットがどうこうとかいう話は、端的に言えば議論が雑だ。そんな事で本当に売上や利益をちゃんと上げられるのか?そしてそもそも、その当該事業の本質がスケールメリットを追いかける事で失われたら、一体何をやってるのか分からないだろう。
KPI の話にしても同じだが、一体何がゴールなのか、そして何が本質なのか … そこを全然考えない雑な態度が「スケールメリット厨」を生むような気がしている。こういう雑さは昔からあるが、冒頭にも書いたように昨今は酷くなっているように思う。
この「スケールメリット厨」のような態度は、結局は「長いものには巻かれろ」であり「寄らば大樹」なのだ。もちろんそんな事では新しさなんて出て来るはずもない。現状を刷新し続けるアティテュードとは明らかに真逆なのだから。
そしてこれも以前に書いたが、今や「寄らば大樹」な人たちからは、僕自身を含む個の自由意志で動き続ける人間の存在が本当に見えなくなっていて、だからこそこの手の人たちは今から「まさか!」と言いまくる羽目になるのだ。だって、見えてなきゃならない事が全然見えてないのだから。
世の中に変革が起きる時は、実は古今東西いつもこんな感じだ。例えば幕末の黒船来航の時点では、幕府のお偉方には後の維新の志士たちの存在は全く見えてなかったし、特殊相対論の発表時におけるアインシュタインの存在は、本当に当時の学問界のメインからは全然見えてなかったようなのだ … まあ相対論に関しては文字通り学問史に残るブッ飛びまくった大変革なので、さすがに仕方が無かった面はあったにせよ、要はその時代のベスト・アンド・ブライテストとか言っても別に大したことはないのだ。
本物の革新は、いつだってローンウルフ(一匹狼)が成し遂げる。それが長い人類史の経験則だ。独創とはまさに「独り」なのであって、そしてそれは目下のAI時代にこそあからさまだ。何故なら、現状をかき集めて最適解を叩き出す事にかけては、人間よりもAIの方が絶対的に強く、その一方でAIには「独り」であるローンウルフの世界は知りようがないからだ。もちろん大半のローンウルフは単に独りぼっちなだけの変わり者だが、定期的にアインシュタインのようなガチの本物が現れて、この世界をザマアミロ的に変えてしまうのだ。
ベートーヴェンのケースが分かりやすい。実は「曲の終わり方が下手」なあたり、ベートーヴェンには元祖《人力AI〉っぽさがあるのだが、だからこそ現状を超える事を作曲上の命題にしたし、実際にそれが出来た。32のピアノソナタが典型で、本当に階段を一つ一つ登っていった … どれ一つとして現状の焼き直しなど無い形で。そしてこのベートーヴェン的な独創は、むしろAIの現代にこそ適応的なのだと思う。
今は9月。この変革期において現状の延長線上しか見えてない人たちは、一斉に「まさか!」と言いまくる羽目になる。そしてそれは職責の重いエラい人たちにおいて顕著となる。
色々言われていたが、どうやら9月の「利上げ」は確定的らしい。米国のリードが強いのは事実だろうが、どうやら日本国内の事情も後押ししているようだ。僕のような日本で生まれ育った中年にとっては、ここからの金利上げなどカタストロフに等しいと思えるが、それを政府がむしろ推進するのだから、現場の現実がそのように進んでいるのだろう。政権は評論家と違ってさまざまな現実に直面し、沢山の重要データも持っているはずなので。
日経新聞の記事で、誰もが知る大企業たる IHI の苦境が報じられていた。記事によると今の IHI には「金利ある世界で経営経験のある人はほとんどいない」のだとか。そして長らくの低金利時代には「低いコストで資金調達」していて、それゆえに「投資に求める収益性のハードルは低かった」という。要するにこんな「企業にとっての〈ぬるま湯〉」としか言いようが無い環境で、この手の大企業のお偉方はずっとやって来たのだ … まあよくもここまでぬけぬけと申し開けるなと呆れてしまうが(苦笑)、日本の大企業の実態などこんな程度で、目下の金利上昇程度であっても必ずこんな風に泡を吹くだろうなと、僕は長らく確信していた。
結局のところ、有名大企業もそこのお偉方も「金利のある世界」になんて適応出来ないのだ。そして今さら慌てふためいて「まさか!」などと言っている。何とも間抜け極まる光景で、そしてここから9末という上半期の終わりに向かっていく中で、こうした一種のパニック状態は間違いなく加速していくだろう。