このお話はフィクションです。似たような,名前、事柄が出てきましても、偶然の一致で、実在の人物、実際の事件とは全く関係ありません。又、実在の地名が出てきましも、フィクションの中の一場面として利用しているだけで、実在の土地、人物、家名とは無関係です。
こうして3人が話に夢中になっていた時、冷やした麦茶をいれてきた祖母が
「お話中、なんだけど、今夜の食事どうしましょう。お帰りになる事、前もって聞いておれば、なんとかしておいたのですが、突然でしょ。
折角お出でくださったのに、何も準備がしてありませんけど」と恐縮したように切り出しました。
「お母さん〈久美の祖母の事〉、気にしないで。こんな時節だもの、ここへきてまで、何かご馳走食べようなんて、思ってもいないから。ねー、貴方」と久美の母親、和子。
「そうですよ、おかあさん。どうかご心配なく。もし今夜の晩御飯、お考え下さっているのでしたら、あり合わせのもので充分ですから」と父親の哲。
「そうかね。悪いですねー。もともと、こんな田舎ですから、外へ食べに行くにしても、仕出しをとるにしても、ろくな物はありませんでしたけどね。
最近では、外食は無論のこと、仕出しでさえも、お米を持って行って、前もって頼んでおかないと、やってくれない時代になってしまいましてね」と祖母
「良いって。何にもなくても。主人も言っていますように、あり合わせのもので充分ですから。
そうそう、久美ちゃんの作った、畑のお野菜はどう。お母ちゃん是非食べさせて欲しいなー。ねえ貴方。それが一番のご馳走よね。貴方、そう思わない?」と母親、和子。
すると「そう、そう。私も、是非よばれたいよ(ごちそうになる)。その久美ちゃんの作ったというお野菜。で、今なら、何を食べさせてくれるの?」と父親、哲も同調します。
「ウン、今はね。茄子に、トマト、胡瓜、ササゲ(豇豆:マメ科の植物、細長いさやの実がなる)にチシャ〈最近ではサニー・レタスといっているようです〉くらいかな。後、デザートには、真桑瓜と西瓜を作っているけど、熟れているかしら。後で見にいって、食べごろになっているのがあったら、採ってくるね。
でもね、お店で売っている物みたいに、きれいな形をしてないよ。作り手に似てしまって、味は良いけど、見た目はグチャグチャ」
「嬉しいなー。まさか娘が作った物を食べさせてもらえる日が来るなんて」と父親、哲。
「それじゃー、久美、魚重さんの所へ一走りして、今日はウナギ入ってないかきいきて。もし今日入っているようだったら、4人前焼いて、持ってくるよう頼んできておくれ。
他に鮎があると良いのだけど。もしそれがあったら、それも塩焼きにして持ってくるよう頼んできておくれ」と祖母。
「じゃー、ちょっくら、行ってきやんす」とおどけたように言うと、久美は自転車に乗って出かけていきました。
「最近はねー。ここら辺りも、あちらこちらに工場が出来ましてね。そのせいで、川が汚れて、ウナギも、アユもめっきりいなくなってしまったのですよ。
その上今は、徴用だとか徴兵だとかで、男手が取られてしまっているでしょ。だから魚を獲りにいく人も少なくなって、魚重さんの所へも、魚が殆ど入ってこないそうです。
何か入っていると、良いのですがね」と祖母。
その12
「ところでお前達、先ほどの話だと、一時的な休暇を、貰ってきただけだと言う事だったけど、という事は、この後、またすぐ海外に?」
久美が出て行ったのを見届けると、さっそく祖母が切り出しました。
「そうです。今回は、直に(じかに)役所に届けなければならない大切な書類がありまして、それで帰ってこられただけです。
だから又、すぐ戻っていかなければなりません。
お母さんには、お世話になりますが、久美の事、もうしばらくお願いします」と哲。
「フーン、それで何時までこちらにおられるんだい。あんなに喜んでいるのに、久美に、なんと言ったらよいの?」
「お国の為とはいえ、惨い(むごい)話だねー。幼い時から、ずっと親無し子で育ってきて、やっと会えたと思ったら、またお別れかい。
それで、和子(久美の母親)お前、どうあっても、ついて行かなければならないの?お前だけでも、こちらに、残ってやる事は、出来ないのかい?」
「お母さん〈=祖母〉。出来れば、私だってそうしてやりたいわ。
でもね、それは無理。絶対に無理。
外国、特にヨーロッパではね、公式行事は、夫婦同伴が必要なことが多いの。
だから私達のような外交に携わっている職についている者の家族はね、よほどの事がない限り、夫だけを、あちらに赴任させ、妻の私がこちらに残るなんて事できないのよ」
「フーン、そういうもんかねー。それで何時までこちらにおられるんだい」
「日本におられるのは、一カ月。でもあちらに出発する前、お役所で済ませておかなければならない仕事だとか、赴任の準備とかが必要でしょ。だから、私たち二人揃って、久美と一緒にいてやれるのは大体3週間。
哲さん(久美の父親)だけ、先に東京に行ってもらったとしても、私だって5日前迄には、東京に行って出発の準備をしなければなりませんから、私が、余分に、久美やお母さんと一緒に居られるのは、哲さんの帰った後、せいぜい数日。
御免ね^お母さん。長い事一緒に居てあげられなくて。
久美には、可哀そうだけど、またしばらくの間、あの子を、こちらでお願いしなければなりませんが、久美の事、くれぐれもお願いしますね」
「私としては、あの子が居てくれるのは、とても助かるから、却ってお願いしたいくらいだよ。
ただ、あの子の立場になって考えてやるとねー。
なんだか可哀そうで。
青春時代を迎えて、これからという時期に、足腰が弱って、足手纏いになるばかりの、私のような年よりを抱えさせて、身動きのならないようにさせてしまうのかと思うとねー。
久美さんというのは、小さい頃から、がまん強く、気遣いのよく出来た子でねー。
いつも自分は我慢して、周囲の人の気持ちを先に考えて、行動するような所のある子だからねー。
今後、もし私が寝込んでしまったりした時、私を放っておくなんて事できない子だから、結局、家にしばりつけられ、家の犠牲になってしまうんじゃないかなと思うと申し訳なくて」
「それにな-、あの子、堪えて(こらえて)いるだけで、本当は、ずっと貴女達が帰ってきてくれるのを、待ち侘びていたんだよ。
祖母の、私じゃ、どれだけ一生懸命にしてやっても、お前達の代わりにはならないからねー。
冗談を言ったり,ふざけたりしている、朗らかそうなあの子の顔の下には、いつも寂しそうな、孤独の影が隠されていたもの。
今日のあの子の様子を見ていて、私が、日頃感じていた事が、間違いなかった事を、確信したね。
それだけに、またお前達と離れて暮らさなければならないと、分かった時の、あの子の落胆を思うと・・・、私には、どうしてやったらいいか、言葉にならないよ。
何時、その事、話す心算か知らないが、貴方方が、その話をするのは、私の居ない所でにしておくれ」
「その事ですが、お母さん(=祖母)。私達もあまりに、可哀そうなものですから、何時、どんなタイミングでそれを切りだそうかと、散々悩みました。
結局、今の所、もう少し様子をみてからと言おうという事になっております。
実は、長い間、あの子を、放っておいた罪滅ぼしに、お母さんさえ、お許し頂けるのであれば、今度いただいてきた、この3週間の休暇を、知多半島の長浦(名鉄新舞子駅の一つ手前の駅がある地名、当時は別荘地)という所で、一緒に過ごしてやりたいと思っております。
そこに別荘を持っている友人がいまして、よかったら、この夏、使ってくれと言ってくれたものですから。
従って、この話は、〈また直ぐに海外へ赴任しなければならないという話〉、そこにいる時、折を見て話そうかということになっております。
でもお話を聞いていますと、こちらには、お百姓仕事もあるようですから、お母さん一人では無理でしょうか」と哲。
「そんな事なら構わないよ。ぜひそうしてやっておくれ。今迄出来なかった分まで、充分、あの子を、甘えさせてやっておくれよ。
家の事なら私一人で大丈夫。ちょうど今は農閑期だしね。
それに、いざという時は、小作の、幸さだとか,吉さだとかに頼めば済む事だから」
続く