「どう、びっくりしたでしょう。Oさんは何時もケチをつけるけど、これは間違いないですよ。だってこれ、美術館から出たんですからね。しかもきちんとした鑑定書もついていますし」
私の考えている事が、まだ分からない浅茅さんはあくまで得意げです。
「エッ、美術館から。どこの」
『「挿絵原画美術館 花咲かおるの世界」と言う名前の美術館から出たものなんですよ』
「ヘー。でもそんな美術館の名前あまりきかないけど。それってどこにある美術館なの」
『恵那峡って知っていらっしゃる、木曽川の?無論、地元の事だから知っていらっしゃるよねー。
あのあたり、下呂温泉が近いせいもあって、バブル期の少し前頃から、恵那峡の両岸には、ホテルだとか、遊園地、国立公園、日帰り温泉、郵便局の保養所などといった施設が立ち並ぶ一大観光地になっているんですよ。その一角、恵那峡ランド(遊園地)のすぐ隣地に、「世界の食と器を主題とする “まほろば”というテーマパーク」があるらしいのですが、お話の美術館は、その中にある、テーマ館の一つとのことでした』
「どういう事。今の話ぶりからすると、どうも美術館へ行かれた事がないみたいだけど、一体どこで、この作品、買ってこられたの。本当にその美術館から出たものなの」
『美術館から出たのは確かです。
ちょっと説明不足だった為に、話が錯綜してしまいましたが、
高山市内の催事場で、この美術館が、「郷土の誇る挿絵画家、“花咲かおる“の原画展」と言うのをやっていた時、美術館の運営費を補う為と言うので、「花咲かおる」の挿絵画コピー、絵ハガキ、油彩画、花咲かおる所蔵古美術品などを販売していらっしゃったのですが、この坂本は、その中の一品ですから』
「そうなんだ。それにしても、花咲かおるって、あんまり聞かない名前だけど、そんな有名な人なの。個人美術館が作られるほどに」
「何でも、戦後の一時期、大活躍された、高山出身の、さし絵画家だそうで、児童文学、おとぎ話、童話、偉人伝等の、幅広いジャンルの絵本の挿絵を画いてこられた方だそうですよ」
「そう、それで、その花咲かおるさん本人が、美術館をやっていらっしゃるの」
「違います。花咲先生はもうとっくの昔、亡くなられています。美術館は、花咲さんのご遺族の知人とかいう人がやっていらっしゃいます」
『美術館のホームページによりますと、花咲かおる先生の遺品を整理していた時、先生の画かれた、絵本の原画だとか、デッサン、下絵、油彩画等といったものが、きちんと整理されて、そっくり残されているのが見つかったのだそうです。
所が、先生、身内には、高齢のお兄さんが一人いらっしゃるだけです。しかもそのお兄さんと言うのが、高齢の上に、持病で寝たきりでいらっしゃるせいもあってか、弟の遺品に対してそれほど愛着心がありません。従って関心もありません。
その為に、このままでは、郷土の誇りである花咲かおる画業の集大成ともいうべき、貴重な資料が、散逸、破損、消滅してしまう恐れがあることがわかりました。
それを知った、当地のいわゆる文化人たちの間にそれの保存運動がおこったのだそうです。
その時、その保存運動の先頭に立っていた方で、後にそれが美術館設立運動に変わった時、その代表者になった方が、この美術館の今の館長井戸氏です」
「そう。じゃー、この絵の本当の持ち主は、誰。その美術館の物なの?それともその遺族と言うお兄さんのものなんだろうか、或いは知人と言う今の美術館長の持ち物なのかしら?」
「さー、そんな細かい事までは分かりませんが、美術館で売っていらっしゃるという事は、美術館のものじゃないの?
でも、それって今回のこの絵の売買となんか関係ある?」
「実はさー、この絵ちょっと疑わしい所があるもんだからさー、もしそうだった場合の責任は、どこにあるのかなと思って」
「エーッ、本当に。こんなキチンとした坂本曉彦氏の鑑定書までついているというのに」
「そこなの、問題は。この鑑定書そのものからして、違っているんじゃないかなー」
「坂本繁二郎の所定鑑定人の坂本暁彦氏の曉って、こんな難しい方の字だった?略した暁というほうの字だったような気がするけど。鑑定書のサイズも、ちょっと違うような気がするけど。
そういう訳だから、悪いけど、しばらくの間、預からせてもらって、調べてからでないと、私のところでは、買えないなー」
・・・・・・・・・・
その3
それから半年くらい後、例の浅茅さん、坂本繁二郎の絵画を持ち込んでこられた、あの浅茅さん、彼がまた訪ねてこられました。
あの時は、私の疑っているような言葉に、むっとされたようで、顔色を変えられると、
「それなら、他に、当たってみますわ」と言われ、そのまま憤然として、持ち帰ってしまわれました。
それっきり、その後、なんの音沙汰もありませんでしたから、どうなったのかなと、少し気にしていたところでした。
「お久しぶりです。で、今日は何か?」と私。
「いーえ、今日は、別に用があるわけではありませんが、こちら方面に来たついでに、ちょっと、お詫びを兼ねて、御挨拶にと思いまして」
「そうでしたか。それは、それは。わざわざご丁寧にありがとうございます。
そう言えば、先般のあの坂本、あれからどうされました?
どこか買ってくれるところありました?」
「いやー、あの時は失礼しました。私、あの絵は絶対間違いないと信じていたものですから、Oさんのご指摘に、ショックで、ついカーッとなってしまい、失礼な事をしてしまったようで、ごめんなさい。
あの後、2,3他の画廊さんにも当たってみたのですが、皆、同じような反応でした。
どうしても信じられなかった私は、所定鑑定人の所へ、直接、問い合わせました所、あの絵はやはり駄目と言われてしまいました。鑑定書の方も、Oさんの言われた通りで、違っているとの事でした。えらい目に遭ってしまいましたわ。
美術館のものと言っても、当てにならんのですねー。
(註:坂本繁二郎の所定鑑定人は最近では、東京美術倶楽部に変わっているとも聞いていますが詳細は不明です)
Oさんの所へも、すぐにお知らせしようとは思ったのですが、あの時、あまり失礼な事をしてしまったものですから、ついつい敷居が高くて。
お騒がせしてすみませんでした」
「こういった商売そしている以上、そのような事は、絶えず起こりますよ。そんな事、いちいち気にされる事もありませんでしたのに。私の方だって、気に入らないものは、遠慮なく,いらないと言わせていただいていますもの。
これからも気になさらず、時々顔をみせてくださいよ」
『ところで、あの絵、ほら美術館から買ってきた、坂本繁二郎の絵、あれ「贋物だったから」と言って、その買ってきた美術館の方へ返してやりなさいよ。本物として、真っ当な価格で買ってきたものでしょ』
「無論そうです。だからそう言って、交渉してきましたよ。所がなんやかんやと言って、なかなか返品に応じてくれないので困っています。
どうも悪い奴に引っかかったみたい」
「美術館ともあろうものが、贋物を売っておいて、知らん顔なの。とんでもない。そんなやつ絶対に、赦せない。もしどうしても弁償してくれないというのなら、刑事告発と言う手もあるんじゃないの。だって偽の鑑定書迄つけて売ったんだから。
もしかしたら、その人、贋物絵画を制作販売しているグループと関係があるんじゃないの」
「いくらなんでも、それは無いと思うけどねー。
だって館長さんって、結構あの地方では、文化人として、名士の一人に数えられているくらいの人ですからね。
それに鑑定書迄偽物だったと電話した時、最初、あの人、とてもびっくりした様子でしたもの。
だから最初は、あたふたして、お金を返してくれそうな口ぶりだったときもあるんですよ。ところがそのうちに、だんだん連絡が取れなくなり、電話に出るのは、ボランティアで美術館の受付をしているという男性職員だけとなってしまったんです。
どれだけ電話しても館長本人は不在だとか、他の用事をしているとかと言って出てくれません。
メールをしても、返事はそのボランティアの受付から戻ってくるだけとなってしまったのです。
彼を通しての言い分では、貴方はその道のプロで、プロが自分の目で買っていかれたんだから責任は貴方にある。だから返品に応ずる事はできないと館長が言っていると言います。
受付のその男性では埒が明かないので、館長を出して欲しいといったのですが、今とり込んでいるとか、館長は、血圧が高くて、ちょっと電話に出られる状態でないとか言って、取り継いでくれません。
だんだん言い逃れが上手くなってきた所を見ると、彼の回りには、もしかしたら悪い奴がいるかもしれないとは思えますけどね」
「何、貴方、未だ、美術館に行っていないの。
どうして、そんな大切な交渉事を、メールや、電話だけでしているのよ。
そんなの駄目だよ。
ちゃんと美術館に押しかけて、直接相手の顔を見て交渉しなくちゃ。
こんなの明らかに相手に非があるんだから、まず美術館へいってきなさいよ。
四の五の言ったら、民事と刑事の両方で攻めてやりなさいよ。
美術館ともあろうものが、贋物を、偽の鑑定書迄付けて売っておいて、知らん顔なんて、そんな事、法的にだって許される事じゃないんだから。
美術館の物と聞けば、そんなもの、素人も玄人(くろうと)もあるもんですか。
それだけで、誰だって本物と信じて当たり前だもの。まして鑑定書まで付いているとなれば、相手に非がある事は明らかなんだから」
「そうですねー。
このままじゃー、埒が明かない(らちがあく:物事に方がつく)ものね。
社長が言われるとおり、一度行って、館長さんに会って、直談判してみる事にしますわ」
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次回へ続く