充たされなかった愛 ある記憶喪失者の妻の追想 | ゴマメの呟き・アンモナイトの徒然草

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他所のブログを2つもっています。ぜひ遊びにきてください。

この話はフィクションで、似たような名称、事件名などが出てきましても、実際の事件、人物とは全く関係ありません。


その1 親友麻美との仲互い


私の高校時代の友人の一人。麻美(あさみ)が、乳がんの再発で入院しました。

彼女は、中学、高校時代を通して、一番仲の良かった友人で、一緒に遊んだり、何でも打ち明けあったりして、秘密を共有しあっていた仲でした。


しかし彼女は地元の同じ系列の大学へエスカレータ式に進み、私は東京の大学へ進学しましたから、その関係で、会って話をする機会も少なくなり、又お互い夫々のお付き合いも広がり、その為、そちらのお付き合いの方が忙しくなり、次第に疎遠になっていきました。


それでも、彼女は、私が腹蔵なく話せる数少ない友人の一人でしたから、心の中では、いつも、とても大切に思っていました。実際、故郷に帰った時などに、彼女と、駄弁っていますと、それだけで、心安らぎました。

ですから、大学卒業後も、帰郷した時など、折をみては、電話したり、会ったりしていました。


ところが26歳頃の事だったでしょうか、大学を卒業して数年後の事ですが、私が当時、東京の方で親しくしていた友人、梨佳と、この麻美との間に、一人の男性を巡って、トラブルがあり、その煽り(あおり)をくって、私と麻美との友情も壊れてしまいました。


後から冷静になって考えてみれば、麻美が頼んできた事も、最もな話でした。しかしその当時の私は、あまりに気の毒な、梨佳の立場に同情して、深く考えもしないで、一方的に梨佳に肩入れしてしまいました。このため、麻美には随分辛い思いをさせたのだろうと思います。その後、麻美とは気まずくなり、絶縁状態になってしまいました。

悪かったと気づいた時、すぐに謝ればよかったのでしょうが、私、性格上、意地っ張りなところがあり、下手(したで)に出るというのが、苦手でしたから、そのままにしているうちに、いつの間にか、20年近くも経ってしまったというわけです。


その2 麻美の夫からの電話


そんなある日の午後の事でした。会社の方に、麻美のご主人と名乗る男性から、電話が掛かってまいりました。

「もしもし、遥(はるか)さんですか。私、狩野武人と申しまして、狩野麻美、旧姓国分麻美の夫でございます。この度は突然のお電話、失礼な事、重々存じておりますが、どうか最後まで聞いてやってください」


「さて、国分麻美という名、ご記憶でしょうか。家内の話によりますと、中学、高校の時代は、かなり親しくさせていただいていたとの事でございますが。」


「ええ、よく存じておりますが。」と訝しげに返事をいたしますと、


『突然のお電話、ご不審、御尤もでございますが、麻美が、「一度お会いして、お詫びしたい。」と、何かにつけて申しているのを聞いていたものですから。

実を申しますと、麻美、約2年位前、乳がんで手術をしたのですが、その後しばらくして再発してしまって、最近では、転移が背骨にまであるようになり、先生からは、「覚悟しておいたほうがいい。」といわれるようになってしまいました。

麻美も、うすうすそれを感じているらしく、最近さかんに、自分の死んだ後のことを申すようになりました。

貴女様に、とても会いたそうな様子をしていますが、以前、二人の間に、何か行き違いがあったとかで、「私が、それでは、会いに来てくださるよう頼んでみようか。』言っても「とても会ってくれないと思うからいいの。」と諦めているようです。


しかし本心では貴女に会いたいらしく、時々貴女の話しをしています。それを見ていると不憫で。ご無理を承知でお願いしている次第です。以前、お二人の間に、何があったか知りませんが、何とか、お願いできませんでしょうか。』と申されます。


「エッ、そんなに、お悪かったのですか。何も知らなかったものですから、御免なさい。

以前の事につきましては、何も知らずにでしゃばって、麻美さんに嫌な思いをさせてしまった、私のほうこそ、謝りにいかねばなりませんでしたのに。

でも、あの最後のやり取りから考え、直ぐに連絡をとったものかどうか迷っているうちに、こんなに時間が経ってしまって、本当にご免なさいね。


早速、明日にでもお伺いさせていただきますから、麻美さんに、くれぐれもよろしくお伝えください」                以下次回に続く

次回10月14日に投稿予定