その24 伝衛門の死と困惑するおみよの部落長(ぶらくおさ)
お昼近くの事でしょうか。川下の船の方から、「おーい、見つかったぞー。おーい。おーい。見つかったぞー」という声が川原に響きました。
その声を聞きつけた、川の中を浚っていた船々も、川原で探し物をしていた人の群れも、一斉に、そちらの方に集って行きました。
やがて集まった人々は、4人で担いだ白い布に包まれた物を真ん中に、それを取り囲んで、ぞろぞろと動きだしました。取り囲んでいる人々の嗚咽の声が、風に乗って、見ているこちらの部落の人々の耳にまで途切れ途切れに、聞こえてまいります。
こちら側の一人が、その列の後ろのほうにいた一人から聞いたところによりますと、「川に身を投じて亡くなった、長の息子の遺体が上がってきたのだ。」との事でした。
先ほど、九朗太の父親が言っていた男の事です。伝衛門の亡骸が、彼の部落に帰っていくまで、土手の上から見送っていた、おみよの部落の人々は、あまりにも一度に起きたいろいろな事件に、皆、どう考えたらいいのか、自分たちはこれから、どういう風にしたら良いのか、分からなくなっていました。
皆はただ黙って、おみよの葬儀の場へと戻っていきました。
しかしその日、部落の人々の中では、その噂でもちきりでした。2人以上よると必ずといっていいほど、その話がでてまいりました。
長を始めとする、村の長老達も困惑していました。おみよが、隣部落の長の息子と付き合っていた事すらしらなかった、部落の長老達には、今度の事件の経緯が、まだ掴めていません。
にもかかわらず、変死した娘が、地頭の所へ妾奉公に上がる事になっていた娘だったのですから、地頭の所へは、早急に、何らかの、報告をしなければならなかったからです。
彼らは困りました。その報告の内容の如何によっては、地頭の怒りを買う事になり、自分たちにも、お咎めが及ぶ可能性があります。個人的なお咎めに止まらず、年貢を上げてくるとか、耕作地の半減などといった部落全体に及ぶ、報復的な咎めをうける事だってありえたからです。
その上もう一つ困ったことには、部落で、一番に煩さ方の長老の息子、九朗太が、この問題に関っていたことでした。
自分の息子が正しいと信じている九朗太の父親は、隣部落の長の所へ、抗議に行く事を求め、自分の取り巻き連中を集めて、騒いでいます。
しかし変死した娘は、なにしろ普通の娘ではありません。地頭と深い関りのある娘です。ここで下手に騒ぎを大きくしますと、例え、九朗太の父親の言うとおり、九朗太に非がなかったとしても、この事件に乗じた、地頭からの、不当な報復的干渉によって、隣部落だけでなく、こちらの部落までも、酷い目に遭わされる可能性だってありえます。(註:泣く子と地頭に勝てないという諺がありますように、当時は地頭の非条理とも言える無理無題によって、農民は随分苦しめられていた時代です。)
長老達はほとほと困ってしまいました。
その日の夜遅く,お隣部落の長が、こちらの長の所へ、こっそり訪ねてきました。
隣部落の長は、その夜は、自分の息子、伝衛門のお通夜でしたが、それにもかかわらず、しかも、今まで諍い(いさかい)が絶えず、挨拶をした事もなかった、おみよの部落長の所へ、たった一人で、やってきたのでした。
次回に続く 次回は9月12日を予定しております