幸せの泉、悲しみの泡(あぶく)
その1(おばあさんの話)
昔々、大昔、このあたり一帯見渡す限り、まだ沼や葦や潅木の茂る湿地や荒地ばかりが広がっていて、この地の主なる住人は、狼や、狐、狸、鹿、鼬、川獺、野兎といった獣達が主だった頃のお話です。長良川川沿いにあるこのあたり一帯は、その頃は、少し、大雨が降り続くと、あふれ出る川の水によって、直ぐに水浸しになり、土地の大半は水の中に沈んでしまっていました。
しかし、そんな土地にも、いつしか人が住むようになりました。地頭同士の争に巻き込まれたり、地頭の取立ての厳しさに、住んでいた村を棄てたり、なんらかの部落内のトラブルに巻き込まれて、それまで住んでいた村を抜けでてきたりした彼らは、その湿地帯の中、所々に見られる、広葉樹の茂る、少し小高い岡を選んで、そこに住みつくようになりました。彼らは、やがて協力して、その岡に、更に土を盛り上げ、より高くより安全な所に家を建てるようになっていくと同時に、周りの荒地を耕したり、湿地を埋め立てたりして、耕作地を作り、用水路を整備し、それら全体を取り囲むようにして、土手を築き、土手に囲まれた中で生活しておりました。
しかしその当時の土手は、まだ低く、弱く、このため、少し雨が降り続いて、川の水嵩が増してくれば、簡単に切れてしまったり、土手を越して輪中のなかに水が流れ込んできたりして、直ぐに水に浸ってしまっておりました。従って、大水や台風によって、折角育てた作物の収穫が、殆どなくなってしまうような年も少なくなく、その生活はその部落の長と言っても、決して楽ではありませんでした。
そんな土地でしたから、そこで一人だけで生きていくのはとても難しく、人々は肩を寄せ合い、もたれあうようにして生きていました。
そのため、部落の人間同士の結びつきは非常に強く、喜びも悲しみも分かち合い、苦楽を共にしているようなところがありました。部落内の協力を乱すような事件が起こった場合だとか、災害、部落の外から攻撃のような、部落の存亡にかかわる様な事件が起こった場合などは、長(おさ)を中心として、皆で一致協力して、事に当たっておりました。土堤の補修、補強、延長だとか、中州の中に張り巡らされた用水路の整備だとかの工事も、神事、仏事、冠婚葬祭などの行事も、部落全員が参加する決まりになっており、それを抜けたり、参加しなかったりするというような事は、よほどの事情がない限り、許されないことでした。それがそのような環境の中で、人々が生き抜いてくることが出来た理由でしたが、反面、その事の為に、時に大きな悲劇を生むこともありました。
部落民総出での工事だとか、大切な行事への不参加などといった、部落の人々が団結して生きていく上での、絶対的に必要な行事への不参加に対する、咎めだては仕方がないとしても、それ以外にも、隣婚所への挨拶の仕方だとか、お隣との付き合い、近所とのトラブル、恋愛とか、結婚などといった個人的な問題にまで、長を始めとする部落の有力者達の目が光り、彼らの恣意的な意見や、有力者たちの力関係とか、部落の慣習に従って、決められていき、結果として不条理な干渉を受けたり、故のない咎めを受けたりする場合が少なからずあったからです。
共同井戸の使用禁止だとか、用水の利用制限、耕作地の取り上げ、或いはその一部削減、村八分(こうなりますと部落内の全ての行事から締め出され、何をするにも誰も手伝ってくれませんし、近所の人から挨拶もしてもらえません。)、更に厳しい場合は村からの追放などといった咎めがまっているわけですが、このような咎めは、この土地で生きていく者にとっては、とても厳しいものでした。
しかしながら人間の社会、必ずしも理非曲直の理に従って動いているものではないというのは、今も昔も同じことです。部落内での序列や、力関係に引き摺られて、事が決まっていってしまうことも少なくありません。そのため、弱い立場や、力のない人間が理不尽な目にあわされ、泣かされる場合も少なからず出てまいります。そしてそこに、いろいろな悲劇が生まれてくる素地がありました。
その2
川の浮き州のようなこの土地は、家の周りには、長良川の支流から引き込んだ用水が流れ、少し掘り下げるだけで、どこでも、そこには綺麗な水が湧いてまいりますから、よほどのことがない限り、水に困るような事はありませんでした。
所がその年の夏は違っておりました。既におかしなことは、3年程前から起こり始めておりました。いつもは必ずといっていいほど年に、3、4回はやってくる台風が、この3年間は全く姿をみせませんでした。毎年、春先になるとやってくる、雪解け水による、川の増水も、此処2年ほどの間は、さほどでもなく、この年に至っては、頼みの梅雨さえも、殆ど空梅雨で終ってしまいました。
この為、長良川では、本流そのものの水量さえもが、めっきり減ってしまいました。あんなにも満々と水を湛えていた長良川が、今では川床を、えぐるように流れていく、小さな川幅の流れに変わってしまっていました。この為、川の水位が下がり、支流に水が流れ込まなくなってしまいました。
用水路への水の供給を絶たれた部落では、田畑は干上がり、湿地もすっかり乾いてしまって、ひび割れ、稲も、葦も、雑草までもが枯れ果ててしまいました。僅かに涸れ残った沼も、どんどん水が少なくなっていき、今では泥水の溜り場程度となり、魚たちも、僅かに残っている水の中で、苦しそうにぷかぷかと表面に浮いてくるようになってしまいました。
井戸も、すっかり涸れ果て、井戸底に敷き詰められた砂利が、白い石肌を曝しているだけでした。
住人達は、日々の生活用水だけでなく、その日の飲み水にさえも事欠くようになってしまっていました。
次号に続く次は8月2日に投稿予定です