ずいぶん間が空いてしまいましたが、
みちのくの「クシフル」、
反響がけっこうありましたので、
これからも何かわかれば探ってみたいと思う。

必ず阿部氏にいきつくことがあるので。
そして、そこにフルフルする白鳥という存在。
阿部氏と物部氏がいる。

平泉の白鳥館。
また、石巻がヒタカミであったことは、
上品山に祀られる神は、ニニギとコノハナサクヤヒメ。

一関の六芒星の中心に位置するといわれる神社も、
ニニギとコノハナサクヤヒメ。

 



天孫降臨地にニニギがあるところには、
大綿津見神も(オオヤマツミも)

この海民とニニギの関係がまだ見えないが、
ウガヤフキアエズ=稲荷になっていることも興味深く、
海民と天孫(大和族)の仲介をしてきた同じ海民の秦氏がいて、
日向(天孫の舞台)が唐桑半島の御崎神社に宮崎県と繋いでいることから、
日向族の証なのかもしれない・・・

 

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さて、
いろいろと書いてきたのは、
このことが、始まりだった!

大島カブ!!

食も、精霊だ!おばけ

大島カブは食べたことないけど、
行く機会があったら、ためしてみたい。

数年前より、知人が「宮城在来作物研究」の活動をしており、
大島カブのことを教えてくれた。

驚いたのは、大島には、
村上水軍の末裔が住んでいる」と。

大島ってそうだったのかーーっ!
感動した!クラッカー

さて、私は特に畑をやっているわけでもなく、
何かを栽培しているわけでもないので、
情報しかお伝えできない。

食についての詳細は、割愛させて頂くが、
詳しく知りたい方は、こちらを。

 

 

それで、2月3日、仙台メディアテークで講演会を聞いてきました。

講演会「在来作物の民俗誌ー気仙沼の大島カブを事例としてー」

 



「宮城県気仙沼大島出身の小野寺佑紀氏をお迎えし、
今年みやぎ在来作物だより3号でも特集した
気仙沼大島の「大島カブ」のお話会を開催。

栽培方法をはじめ、救荒作物や郷土食としての来歴など、
震災後の地域における保存と活用の取り組みを交えながら
民俗学の視座からお話しして頂きます。」


ということで、とても貴重な話を聞いてきたのですが、
「ルタバガ」という品種が非常に興味深い。

ルタバガとは、カブに似るが別種で、
セイヨウアブラナから根が肥大するタイプのものを
選抜育種された変種とされる。

 

※大島カブ

別名はカブハボタン、スウィード、スウェーデンカブ。
日本では種苗店で西洋カブとの表記もある。


この苗、種がどのようにはこばれてきたのか、
わかっていないそう。


北上山地北部(九戸、三戸、)~唐桑半島まで伝わっているカブ。

独特な匂いらしく苦手な方もいるそうですが、
味はニンジンに近いそう。

 



現在、栽培している地域は非常に少なく、
大島カブの栽培方法は、
昔の伝統農法、民俗知が必要なため、
昔の肥料でないと本当のものはとれないそう。

 

その肥料は、昔のギバ(ホンダワラ)やムク(アマモ)などのほか、

乾燥させたヒトデやウニなども。

海の産物を肥料にしていることがすごいけれど、

残念ながら、防潮堤がたてられたため、下へ降りれないから、

肥料がとれなくなっていると。

 

詳細は、「東北民俗の会2023年6月」を。

 

 

 

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『唐桑談話』の本より、

三陸海岸は、深い入江で舞根、鮪立、大島には、
外洋波の影響を受けない天然の良浜だった。
そのため1年中、方法な魚介類が採取されているので、
年中浜の仕事ができたと。


三陸海岸は、深い入江で舞根、鮪立、大島には、
外洋波の影響を受けない天然の良浜だったそう。

そのため1年中、方法な魚介類が採取されているので、
年中浜の仕事ができた。


※鮪立からみえる大島

紀州の熊野神社をこの地に勧請した時に
上陸した地が鮪立(しびたち)といわれ、
その海からは大島がみえる。

大島信仰が鮪立にあったのでは?と思った。

そしてルタガバが「西洋」であることから、
誰もが小さい時に読んだことがある
「大きなカブ」

 



この物語とよく似た昔話が大島に伝わっていた。

「昔、大きな百姓の屋敷があり、その屋敷の畑の
カブの種をまいたところそれがたちまち大きく育ったと。

みなして抜いて食べようとしたけど、
さっぱり抜けないから、木挽(こびき)様を呼んで
のこぎりで抜いてもらったと。

そしたらあまりにも大きいカブだったので、
それで船の材料にし大きな船をつくったと。
立派な船ができたので、それに塩を積んで沖の方へでたら、
だんだん良い匂いがしてきたので、
船をかじって食べたらおいしいお新香になっていたと。

どんどん食べていったら船に水が入って、
海に沈んでしまったと。
それで積んだ塩が海にとけて海の水がからくなってしまったと。」


船の部分意外は、「大きなカブ」と似ている。

 

 

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それで、これが西洋版ハイヌベレなのかもしれず・・・

<ハイヌベレ>とは、
芋類栽培にもとづく。


東南アジアに起源を発し、朝鮮半島を経由し、
日本へもたらされた可能性がある。

対し、唐桑半島は、西洋の食文化も入っていた。

食糧難、飢餓に強い。

また、千葉県の銚子から船で「サツマイモ」を

大島まで大量に買っていたとも。

千葉と石巻との交流は、古くからあり、
上毛野田道将軍など、相当古い時代から、
関東からの海ルートは確立されていた。

 

船は、世界の文化を運んできた。

それらを調理し食べる日本人の技。

これらの種がどのように運ばれ
栽培が続いてきたのか?

 

海ルートは、種のルーツを探ればわかりそう。

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また、食とは別だけど、日本に多い藁の祭は、
西洋にも似ているのがある。

登米の「米川の水かぶり」は、明日だったかな。

 

 


昨年11月、登米にいった時にいってきたお寺。
ここが、米川の水かぶりという「来訪神」というお祭。
蘇民将来もそうだが、

 

 



西洋にも、
スロベニアの謝肉祭の時に、クレントの衣装を着て、
冬・邪気を追いやるために、鐘を鳴らす祭がある。

 



伝統的に、鐘を鳴らすのには春を呼び込み、
豊作を祈るという意味もあると言われている。

クレントは羊の毛皮を着て、腰に鐘をかけていて、
顔全体を覆う仮面を付けている。

ゲルマンやケルトでも来訪神があるため、
これらは世界共通の魔よけ。

クレントは、ここから仮面祭になったというが、
ハロウィンも、元はカブだったそうだ。
カブがない地域はかぼちゃで代用したため、
世界中にかぼちゃが流行したという。

といったことで、

多様な世界は、

ひとつの地球の中で循環してきた。

それがとても興味深い話だった。

大阪万博で日本の「伝統」食を紹介するのだろうか?

ならば、日本にはまだ未来があると思うことにしたい。

そして、大島カブについて、代々的に万博で宣伝してほしいな。

日本の水軍が日本の伝統食を守ってきたことがあるかもしれないから。

 

日本人が海人族であることを、

世界に発信することも、大事な遺産である。

 

東京は、一足先にやっている。

日本の伝統食も紹介しているとの事。

 

 

和食が文化だからこそ、世界に伝えるべき事かもしれない。

 

さて、食が西洋ならば、あの伝説もやはり「バイキング」なのでは?

以前に何度も書いてきたこと。

アサヒの名と鬼は、源義経が登場する物語に登場する。
これが、水軍のもつ戦術を盗んだ皆鶴姫とつながること。

次は、ファンタジー?な話を。