久しぶりの投稿です~。ヒヨコ

2,3日空いてしまうと書かないとっ!
と、あせってしまうのですが、
4,5日も空いてしまうと、
もういっか、と思ってしまうぐうたらです。(おーい)

それで、いつの話しだった?と思いだせないほど
遡る話ですが、蟹のこと。

 

 


名取の蟹のお寺を書いてましたが、
もうひとつ、太白区にある蟹の伝説があります。

こーいう話を聞くと、蟹は人だと思います。
海老も同じように。

では、なぜ「カニ」にしているのか?

妄想してみます。
(過去記事ですけど)

 



珍しいカニの絵馬がある
仙台市太白区四朗丸の「落合観音堂」

「昔、落合観音堂の側を流れる名取川が、
洪水のために氾濫し観音堂も浸水して安置されている
十一面観音堂があわや沖に流されるようとした時、
名取川にすむ無数のカニが観音像を守り、
流されるのを防いだ。
それ以来、村の人々はカニを食べず、
絵馬にカニを描いて奉納するようになったという。

 



からぶき屋根の趣あるお寺は、
慈覚大師が一本の木から三体の観音様を
作った。その一体で、十一面観音とよばれ、
袋原にあったと伝わる。

 



伊達政宗が袋原でタカ狩りをした際に、
願いごとをし、それが叶えられたことから、
翌年郡山にあった毘沙門堂を解体し、広瀬川を流して落合まで運び、
からぶきの御堂を建て、ここへ移して落合観音堂とした。」


 
名取川のそばなので、洪水があった時の話しだと思います。
観音様が流れついた話しは多い。

 

 

坂東・西国・秩父の札所百観音霊場

 

 

 



出雲については、出雲に伝わるカニを妄想してみる。

 



出雲斐川町神氷神守(ひかわちょうかんぴ)という所に、
加毛利神社がある。

加毛利神社は、カニモリとよみ「蟹守」と変化した話。

本来は、カムイのカイモリだったのが、
転じてカニモリとなったそうだ。

 

 

 


天津彦火火出見命を祭神とし、
同じくトヨタマヒメ、ウガヤフキアエズを祀る。

これは、宮城県南部の伊具郡でも同じ神様で、
そこは、伊達家ゆかりの地ですが、
古く遡れば四大将軍(北陸に派遣された)
大彦命という系譜が繋がる。

加毛利神社の由緒からも蟹の話があり。

トヨタマヒメがウヤガフキアエズを産む時に、
産屋に八百蟹が来るのを彦火火出見命が掃守となった
所以の神社で蟹守の後裔が宮崎明神三神を奉納し、
出雲に来て氏神としたと伝わる。

蟹守が役職名からきたと想像。
掃守連とは、「かにもり」と読む。
この掃守連が転じて蟹になった・・・?
 
ここで、さきたま古墳の雄略天皇の存在が知られた鉄剣に繋がる。
出雲の斐川は、氷川であり氷川神社でもあり。

天忍人命が雄略天皇に掃除の事を監したので
姓を与えられたのが、掃守連であった
わけで、
宮中の清掃をする人らしく、「アメノオシヒ」は、
大伴氏の祖神で、ニニギに伴っていた氏族でした。

河内国にいたので、大阪のだんじり祭りがある地域では、
蟹を食べるお祭りがあるそうです!

この地区では掃守連が関係しているようで、
そのため蟹を食べるそうです。

ただ、なぜ蟹に転じたのか、わかりません。
蟹は赤いので、赤を貴重とした意味もあるかもしれませんが。

あの時も氾濫した名取川に、無数の蟹が助けてくれたのでしょう。
そんなことをフツフツと思う観音堂でした。

※先日の西の地域と関東の大雨から、
蟹座は、たしか、夏至に関係する星座ではなかったかな?
今年は違うのか。

占星術はよくわかりませんが、
洪水のサインにカニはあるのかもしれません。