渋いテーマですね~。笑

なんだか、
不思議なことがあるもので。

また新たな情報を発見。
なんか、終わらない・・・笑

まず、先に、魔鬼女のハイヌウェレがどこからもたらされたのか、
涌谷町の篦岳について。

 

ここで悪路王を追いつめ、
互いの戦死者の塚をたてたのが観音堂無夷山箟峯寺と伝わる。

 



コロナウイルスの今にもあてはまるというか、
参考になりそうな話しです。
(ならないか・・・)

コロナウイルスが怖いのだったら、
私なら篦岳に毎日通うね。
(そっちの方が怖い)

そのくらい三観音のなかで、強い所です。

霊の話しなので詳しく言えないのですが、
昨年のコロナ蔓延中の時に(今もだよ)
行った日の夜、ちょっと不思議な体験をしました。

かつてこのお寺には、オナカマサマのような
女性の講がいたようです。

 



ただ、私の体験であり、伝承としてその話しがあるわけではないので、
そういう事もあるんだな~、で。

奥州鎮護の意味には、疫病もあると思います。
たぶん、この意味が、一番強いかもな~。

 



今の世界の混乱にウイルスがある事が、
かつても同じ危機に立たされたことにシンクロするのです。

それが、民族の差別につながる事になり、
私はそこを取り払わないと、
すべては解決できないと思っています。

コロナウイルスとか関係ないです。

潜在的にもっている差別意識が、
人に禍を起していますが、

これを理解できて向き合える人と、
全く受け入れられない人がいる(わかっているのに)
これが難しいところです。

この場合の鬼は、そこですね。

他人の行動が重要ではなく、
「自身の欠けた認識(知識)」が、
禍を引き起こしている事です。

 

へこみますな・・・。チーン

■無夷山箟峯寺の篦岳-----------------

さて、涌谷町は金がとれた所として有名。

 

 

涌谷町の黄金山神社

 



百済の人が発見した金は、
(岩手県もそうですが)
奈良の東大寺大仏建立の際に、
金が足りないので、東北の金を探しに向かったという話しから。

 

百済人望郷の碑

今も黄金山神社では砂金がとれます。
(立ち入るには許可が必要)

まるで潮干狩りのように子供たちが砂金取りしている姿をみて
カルチャーショックだったことをよく覚えている。。。

以前書いたまとめになりますが。

意外に目がかわいいぞ。

 

 

古跡箟ノ宮権現(ここがなんだか不明)


のの岳の漢字が難しい。


「箟」という漢字を今は使っていますが、
中国からの言葉を用いているため、
難しい篦から箟へ簡略化したそうです。

「篦」は箘(きん)が由来となっているのですが、
箘は丸い(円い)意味があり
竹の細くて丸いところからきているそうです。
ちなみに四角いものは「京」とよぶ。


これが何かよくわからないのですが、
出雲からの貢物である「礪(といし)」砥石?
(刃物を磨くもの)
と同じようなものらしく、貴重であるという。

どうやら、その石は、魔よけの石らしく
五角形の蘇民将来にある疱瘡石に関係しています。

 

 

のの岳の注連縄(蘇民将来の注連縄と似ている)

無夷山箟峯寺には、ここだけにしかない
五芒星(五角形)の疱瘡除け守りなどがあります。


岩手県の黒石寺に伝わるものでは、
六角形の小間木で六芒星である。

黒石寺のサイトによると、材質はヌルデ。
古代は五角形で後に六角へ変化していると。

蘇民祭の中でも、五角形は箟峯寺 (宮城県)
と黒石寺のみであり、五角形は陰陽道の
「五芒星」を意味しており、
陰陽道に用いる代表的呪術図形のこと
です。


北上山地に大六天(440m)山があり、(三国山ともいう)
皮膚病の薬草があり疱瘡を治す「ヌルデ」という治療薬があったそうです。


江戸時代、若芽にアブラムシ科のヌルデノミミフシ
寄生してタンニン質が豊富だという。


成虫が飛びだす前に採り熱湯に浸して乾燥して用いる。


そのような意味があるため、黒石寺ではヌルデをお守りにするのでしょう。

 

※こけし型のヌルデ(兵庫県)

お歯黒は、ヌルデを使って歯を黒くしたそうです。
虫歯予防・・・?

 

 



■のーのは祝詞-------------------

先日、部屋の片づけをしていたら、
ブログを書き始めたころのメモ書きノートがみつかり、
読んでみたら、いろいろすごいことが書いてあった。

どこからの情報か不明なのですが。

 

箟岳の「のの」について、


おしら神の吉凶を知らせることが神格なので、
おしら神に由来する原住民の信仰で、
神様のことを百姓はノノさんとか、
ノーノと称する。
神に対する旧辞、祝詞のことをのーのとも言う。


へ~、
知らなかった。

 

※二十三夜塔

オシラサマみたいな。
だからイタコさんみたいのが登場したのかな。

 

夫婦杉

 



『ホツマツタエ』の多賀宮に登場する
栲機千々姫(たくはたちちひめ)がいますね。

 

チッチさん。(なんでも親しく呼びたくなる)笑

漢字に「」が入っているのは、
機織だから「あらたへ」の「たへ」という繊維のことです。

この「栲(こうぞ」は、古くは「ヌルデ」と言ったのです!

 


ヌルデ↑


ウルシに似ていますが、ウルシほどかぶれることはあまりないです。

ヌルデの名は、かつて幹を傷つけて
白い汁を採り塗料として使ったことに由来するとされる。
フシノキは、後述する生薬の付子がとれる木の意である。


カチノキ(勝の木)は聖徳太子が蘇我馬子と物部守屋の戦いに際し、
ヌルデの木で仏像を作り、馬子の戦勝を祈願したとの伝承から。


むむ~。
霊木との戦い・・・?

 

イタコでも太子(聖徳太子)祭文ありますから、
どこかで聖徳太子が繋がりますね。

 

 

ここにも、坂上田村麻呂供養碑

 

 

すべてのことを凝縮しているのは、この物語。

物語を書いたのは、藤原家。

 



また、機織姫はなぜか、疱瘡神になっているのですね。
疫病退散に機織姫が関係しているようで。

古代史でいう「赤」は、疱瘡神で、
ケガレの意味の他、濁流などで土砂災害にあった時、
赤牛というので、土の意味もあります。
まあ、壊す方。

その赤牛と婚姻するのも、機織姫です。
人柱なのかも。

赤頭というのも大武丸をさします。
赤は大体、大武丸のことですな。

鬼=悪アクから、ワッカ(水)のアカが転じたこともあり、
水に流す水葬はかつては赤子というように
生まれたばかりの胎児を流していたことへの
風習が「賤」として嫌われたからだと思います。

実際、明治時代まで、山形のある地域ではお産で亡くなった女性を
赤い布で供養します。
その布に水をかけるのです。

(イザベラバードの『奥地紀行』にのってます)

そういう意味があるので、世の中が豊かになり、

物質社会になると、そのような風習は消えていきますが、いつまでもたっても供養できない所が

出てきてしまう。

そんなことで、「ヌルデ」をつかった物を
蝦夷征伐の地に祀っている
わけです。

 

 

女神(女性性)の力が、良くも悪くも働くエネルギーに対し、
とても気を使っていた感じなのです。

 

そのため、疱瘡神とは、諸説ありますが妖怪みたいな悪神に
なってますけど、「ご機嫌とり」をするために、
歌・三線を奏で痘瘡神をほめたたえ、
その怒りをやわらげようと夜伽をしたという。

 

重要な迫川(オレンジ色のライン)

だから、そのように怒りを鎮めていたんですね。

怒りも、錨も、同じ「イカリ」なんだな・・・


こういうご時世、
昔は、歌って踊ってましたから。
祭りをやるものです。
今年は各地でやっているようですね。

大阪、兵庫、宮城。
昔からもめてて仲がよろしい・・・
こーいうところでも、繋がるんだな。

そんで、何度も「芸能だ」ということを書いてました。

これ、あんまり自分で書いててもピンとこなかったけど、

深い意味がありました。


本来、芸術は神であり俗も神のことだったのです。

「聖」と「賤」を切り離したのが、律令制度から

というので、蝦夷征伐の時期から
まさにその俗が排除された
わけです。

 

 

なので、もっと自分のもっている芸能を出しなさい、と。

 

いやいや、歌も踊りもできないけど、

笑うことは得意〜

 

私はお笑いが好きなので、大阪も大好きです。

お笑いも、ひとつの芸能です。

 

「神楽」があるように、

神を楽しませることができるのは、日本人だけですが、

神楽ではなく「猿楽」の方です。(笑)

 

おそらく、危険な空気で争いになりそうな状態の時に、

踊って和ませたというのは、猿楽がルーツだと思います。

 

 

群馬県が有名ですけど、ひょっとこは、火男で、

女は、おかめです。

タタラの夫婦像・・・。

 

今の若い子にこんな話しをしても通用しないよね・・・。

 

天の岩戸もそうですよね。

わたしが笑ったから光が戻った。

anchanのメッセージ。

■竹の芸術も------------------------

箟岳に「竹が逆さにはえた」伝承があるのも、
「竹」に何か深い意図があるかもしれない。

これがずっと前から繋がっていた竹細工の阿多隼人に繋がる。
阿多族の娘だったコノハナサクヤヒメは、竹取物語。

以前にも書きましたが、
海民の文化があるのですが(竹細工
これが「芸能」という事です。

イタコさんたちの芸能は、今では京都の舞妓があるように
日本文化のひとつとして評価されていますが、
青森県などでは、かつて、琴や三味線などの楽器の演奏は、
賤民」とされ、嫌がられた。

川漁をしていた所に、猿田彦命を祀ることが多く、
猿田彦とアメノウズメの話しがあるのは、
天孫系と国津神のどーのこーのですが。

川漁と竹細工には深い関係があり、
これはサンカもそうであり、
迫害された土蜘蛛という国栖たちにも関係する。


つまり、土蜘蛛は芸能をもって神格もあったが、
何かによって排除され、巫も同様に
体が不自由であったことへの迫害から差別がうまれた。


そこに海民の復権の力が働き、盲巫との結束がうまれ、
天台宗は、彼らを「認めていた」のだろう

と、思うような話しです。


その名残が、東北地方にまだ根づいています。

そこは失ってほしくないです。


この話しは深いので、後で機会があれば書いてみます。

三観音(富山観音・牧山・のの岳)に共通するのは、
植生の豊さです。

 

 

 

だから、イソタケルなのです。

五十です。

 



富山・しろいたもみ 1本 
昭和45年12月1日天然記念物指定(画像下)

 

 



牧山も中生代の古い地層からなり、
自然林が豊で、太平洋側の丘陵地帯や
低山の自然のもとの姿をよく残している植物群落。
700種以上もの植物が自生しています。

 



海民が木船を造る際に、木材が必要だったことに
関係します。


これが不思議なことに。

藤と白のことが、また繋がった。
多賀城からまだ続いていた・・・

あの藤原の白と、錨のこと。

 

それは、先日みた木船の夢だった!

まるでノアの箱舟のような世界だった。

が、船の墓場みたいで。

 

乗れる船を探していたら、

ゆっくりと大きな木船が。

 

その船に助けてもらったのです。

木の船なんて珍しいと思ってみたら、

船長が女だった!うひょー ニヤニヤ 

 

ここまで大きくないけど、こんな感じ。

中は住めそう。。。

画像はこちらから。

 

 

心理的なことが働いているのだと思います。

夢ですから、内観しないとわかりませんねぇ。


・・・最後まで吐きたいので、つづくよ~。