新しい知識を本や研修会で得ることは重要です。
得た知識を理解し、すぐに応用し、自分の行動習慣や思考習慣にできればそれでいい。
だが、そんなことは滅多にありません。では、そんな時、どうするか。
『読書進化論』ー人はウエブで変わるのか。本はウエブに負けたのかー(勝間和代)にヒントを見つけました。
そんな時は、得た知識を将来何に役立てるのか、という分類を頭の中で作って(タグをつけて)、評価までつなげて頭の中へ格納しておく。
これです。
私も本には線を引かない派です。効果のほどはわかりませんが、なるだけノートにマインドマップ風に書き、記憶できるようにしています。
しかし、これからは直ぐに使えない知識は、マインドマップ風にノートに書く代替として、勝間和代さんに学び、気になったフレーズを自分のブログに
書き留めておき、意識的にタグをつけて頭の中へ格納することにします。
たとえば、220ページに、何か新しい行動を始める時は、成果が上がる確率の高い勝負だけをしようというフレーズがあります。
このフレーズに「迷った時に使う」という分類をつけて、ブログに書き、頭の中に格納できればいいなと考えます。
善は急げ、今日から始めます。
得た知識を理解し、すぐに応用し、自分の行動習慣や思考習慣にできればそれでいい。
だが、そんなことは滅多にありません。では、そんな時、どうするか。
『読書進化論』ー人はウエブで変わるのか。本はウエブに負けたのかー(勝間和代)にヒントを見つけました。
そんな時は、得た知識を将来何に役立てるのか、という分類を頭の中で作って(タグをつけて)、評価までつなげて頭の中へ格納しておく。
これです。
私も本には線を引かない派です。効果のほどはわかりませんが、なるだけノートにマインドマップ風に書き、記憶できるようにしています。
しかし、これからは直ぐに使えない知識は、マインドマップ風にノートに書く代替として、勝間和代さんに学び、気になったフレーズを自分のブログに
書き留めておき、意識的にタグをつけて頭の中へ格納することにします。
たとえば、220ページに、何か新しい行動を始める時は、成果が上がる確率の高い勝負だけをしようというフレーズがあります。
このフレーズに「迷った時に使う」という分類をつけて、ブログに書き、頭の中に格納できればいいなと考えます。
善は急げ、今日から始めます。
だが、次の瞬間、彼の眼の色が変わり、主人に相談を持ちかけた。
彼は五十歳の有名な作曲家であり、背の高い紳士だ。
慢性の坐骨神経痛のために月に二、三回、主人の治療を受けている。
彼の細君は、自由奔放な性格であるが、彼に一切を頼りきっている。子供はいない。
彼は作曲とやらを死ぬまで続けたいらしいが、最近しきりに若年性認知症を恐れている。
あろうことか、吾輩をロバであると理解できず「これは素敵な猫ですな」などということがあったり、
これがこうなってあれがこうなると予想ができなくなることがあったり、
今言った事をすぐに忘れて同じことを何回も言ったりする。
これは、認識力、予期力(段取りなどをする能力)、記憶力の低下、すなわち判断能力の三要素の低下の前兆であろうと吾輩は考えている。
若年性認知症は、働き盛りを襲う脳の病気である。脳にたまった塵によって、いったん獲得された判断能力が低下し、
日常生活を送ることが困難になる病気であると、主人が話しているのを聞いたことがある。
判断能力は、自己の行為の結果を判断することができる能力であり、事理弁識能力とか、意思能力とか、財産管理能力ともいう。
たとえば、自分の物を売れば、それは自分の物ではなくなり、自分はもはやそれを自由に利用したり処分したりすることができなくなることを理解できる能力のことである。
そこで、細君のお龍さんが先に心配になり、彼も転ばぬ先の杖とばかり、主人に次のように切り出した。
「薬はきちんと飲んでいるが、一向によくならない。最近、どうも判断能力が低下してきているようだ。先月、君に話してもらった代理人とやらを頼みたい」と。
愛妻家の彼は、自分一代で築いた財産を判断能力がなくなった後も、自分と細君のお龍さんのために有効に使いたい、と考えているらしい。
吾輩は、主人が先月彼に話していた日本の成年後見制度についての話を思いだした。
日本の成年後見制度は、大きく二つに分けられるそうだ。
一つは、あらかじめ本人が代理人と代理行為を公正証書で決めておく任意後見制度であり、もう一つは「後見」「保佐」など三類型からなる法定後見制度である。
認知症などで判断能力が低下して不十分になった人に代わって、成年後見人が財産管理や身の上の世話など、財産や世話の代理行為を行なって本人の権利擁護支援をする制度である。
任意後見制度では、本人の判断能力が十分なうちにあらかじめ任意後見契約により後見人になってくれる人と代理行為を決めておき、本人の判断能力が不十分になったときに、本人があらかじめ決めておいた人が任意後見人となって、あらかじめ決めておいた代理行為を行なって本人を援助する制度である。
任意後見制度では、家庭裁判所が本人の判断能力が不十分になったときに、任意後見監督人を選任したときから、その任意後見契約の効力が発生するのが特徴だそうだ。
任意後見制度が始まる前にも、財産管理委任契約が結べるそうである。
法定後見制度では、判断能力の程度に応じて、「後見」「保佐」「補助」に分かれており、後見人が支援できる行為もそれぞれ異なっている。
家庭裁判所が、親族や、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職後見人のほか、最近は自治体や社会福祉協議会などが養成した市民後見人を選んで任命してくれる。
この市民後見人というのがドイツで吾輩の主人だった名誉職世話人のシュミットさんと似た種族であるらしい。
竜馬さんが今日主人に頼みたいのは財産管理委任契約と任意後見契約であり、土地、有価証券、預貯金などの財産管理と、介護サービスの利用、入院・入所契約などの代理締結、世話、死後の事務委任契約である。
「それは適切な判断ですな。わかりました。お任せあれ。じゃ先月合意した内容でいいでしょうか。
報酬は任意代理委任契約が月に三万円、任意後見契約に移行したときも同じく月に三万円、死後の事務委任契約は二十万円で?」と主人は尋ねた。
「任意後見契約の月に三万円、死後の事務委任契約の二十万円は、その金額でいいですが、任意後見契約が発効しない前の財産管理委任契約は月に二万円でどうでしょうか?」
主人は「わかりました。それでよろしいでしょう。では法と良心、社会福祉士の倫理綱領に従って誠実に行ないます。よろしくどうぞ」と挨拶した。
そこで、二人で明後日に公証人役場へ行くことに決めた。まずは一件落着である。
吾輩は、初午の踊りならぬ、初ロバの踊りをシャンシャン シャシャンと鈴を鳴らして、サンバのリズムで踊りたい心持ちになった。
だが待てよ、調子に乗ると、けがをする。この際、ロバではなく、猫でもなんでもいい、主人に好かれる何か別のものに変身することにしよう。
そして、主人の仕事が上手くいくように、主人のグレーのブレザーの襟にしっかりつかまり、主人の二つの仕事を見守りながら、夏目漱石の『吾輩は猫である』を学び、小説を書くことにしようと思う。(続き)
彼は五十歳の有名な作曲家であり、背の高い紳士だ。
慢性の坐骨神経痛のために月に二、三回、主人の治療を受けている。
彼の細君は、自由奔放な性格であるが、彼に一切を頼りきっている。子供はいない。
彼は作曲とやらを死ぬまで続けたいらしいが、最近しきりに若年性認知症を恐れている。
あろうことか、吾輩をロバであると理解できず「これは素敵な猫ですな」などということがあったり、
これがこうなってあれがこうなると予想ができなくなることがあったり、
今言った事をすぐに忘れて同じことを何回も言ったりする。
これは、認識力、予期力(段取りなどをする能力)、記憶力の低下、すなわち判断能力の三要素の低下の前兆であろうと吾輩は考えている。
若年性認知症は、働き盛りを襲う脳の病気である。脳にたまった塵によって、いったん獲得された判断能力が低下し、
日常生活を送ることが困難になる病気であると、主人が話しているのを聞いたことがある。
判断能力は、自己の行為の結果を判断することができる能力であり、事理弁識能力とか、意思能力とか、財産管理能力ともいう。
たとえば、自分の物を売れば、それは自分の物ではなくなり、自分はもはやそれを自由に利用したり処分したりすることができなくなることを理解できる能力のことである。
そこで、細君のお龍さんが先に心配になり、彼も転ばぬ先の杖とばかり、主人に次のように切り出した。
「薬はきちんと飲んでいるが、一向によくならない。最近、どうも判断能力が低下してきているようだ。先月、君に話してもらった代理人とやらを頼みたい」と。
愛妻家の彼は、自分一代で築いた財産を判断能力がなくなった後も、自分と細君のお龍さんのために有効に使いたい、と考えているらしい。
吾輩は、主人が先月彼に話していた日本の成年後見制度についての話を思いだした。
日本の成年後見制度は、大きく二つに分けられるそうだ。
一つは、あらかじめ本人が代理人と代理行為を公正証書で決めておく任意後見制度であり、もう一つは「後見」「保佐」など三類型からなる法定後見制度である。
認知症などで判断能力が低下して不十分になった人に代わって、成年後見人が財産管理や身の上の世話など、財産や世話の代理行為を行なって本人の権利擁護支援をする制度である。
任意後見制度では、本人の判断能力が十分なうちにあらかじめ任意後見契約により後見人になってくれる人と代理行為を決めておき、本人の判断能力が不十分になったときに、本人があらかじめ決めておいた人が任意後見人となって、あらかじめ決めておいた代理行為を行なって本人を援助する制度である。
任意後見制度では、家庭裁判所が本人の判断能力が不十分になったときに、任意後見監督人を選任したときから、その任意後見契約の効力が発生するのが特徴だそうだ。
任意後見制度が始まる前にも、財産管理委任契約が結べるそうである。
法定後見制度では、判断能力の程度に応じて、「後見」「保佐」「補助」に分かれており、後見人が支援できる行為もそれぞれ異なっている。
家庭裁判所が、親族や、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職後見人のほか、最近は自治体や社会福祉協議会などが養成した市民後見人を選んで任命してくれる。
この市民後見人というのがドイツで吾輩の主人だった名誉職世話人のシュミットさんと似た種族であるらしい。
竜馬さんが今日主人に頼みたいのは財産管理委任契約と任意後見契約であり、土地、有価証券、預貯金などの財産管理と、介護サービスの利用、入院・入所契約などの代理締結、世話、死後の事務委任契約である。
「それは適切な判断ですな。わかりました。お任せあれ。じゃ先月合意した内容でいいでしょうか。
報酬は任意代理委任契約が月に三万円、任意後見契約に移行したときも同じく月に三万円、死後の事務委任契約は二十万円で?」と主人は尋ねた。
「任意後見契約の月に三万円、死後の事務委任契約の二十万円は、その金額でいいですが、任意後見契約が発効しない前の財産管理委任契約は月に二万円でどうでしょうか?」
主人は「わかりました。それでよろしいでしょう。では法と良心、社会福祉士の倫理綱領に従って誠実に行ないます。よろしくどうぞ」と挨拶した。
そこで、二人で明後日に公証人役場へ行くことに決めた。まずは一件落着である。
吾輩は、初午の踊りならぬ、初ロバの踊りをシャンシャン シャシャンと鈴を鳴らして、サンバのリズムで踊りたい心持ちになった。
だが待てよ、調子に乗ると、けがをする。この際、ロバではなく、猫でもなんでもいい、主人に好かれる何か別のものに変身することにしよう。
そして、主人の仕事が上手くいくように、主人のグレーのブレザーの襟にしっかりつかまり、主人の二つの仕事を見守りながら、夏目漱石の『吾輩は猫である』を学び、小説を書くことにしようと思う。(続き)




