子供は基本的に勉強が嫌いだ。
ここでいう勉強とは、一般的に学校でやる勉強を指す。
じゃあ、なぜ嫌いかといえば、『目的がないから』である。
そう、学校で行う勉強とは、いわば手段を学んでいるに過ぎない。
では、何のための手段かといえば、社会で生きていくための、手段である。
でも、良く考えてほしい。
学校で、「社会で生きていくため」に必要だからやっている、と教わった人はどれくらいいるだろうか。
もちろん、ゼロではないかもしれないが、大多数の人は教わったことがないはずだ。
もしくは、教わっていても、覚えていない。
そういうことだから、子供にとっては「何をやるかもわからないこと」に対する勉強は苦痛でしかないのだ。
虫取りだったり、ゲームなどを子供が集中して何時間も出来る、本当の理由を知っているだろうか。
それは、虫取りで言えば「虫を取ること」、ゲームで言えば「ゲームをクリアすること」という明確な目的が理由だ。
虫取りで言えば、虫を効率的に逃がさずとることが手段であり、
また、ゲームで言えば、操作方法だったり、死なないための方法、クリアの道筋が手段だ。
つまり、それぞれの達成する目的が明確であるからこそ、勉強をするし、言わなくてもやるのだ。
ここを大人になるとつい忘れてしまう。
だから、子供に対して「勉強しろ」と、目的ではなく手段を先に言ってしまうのだ。
ゲームに置き換えれば、「○○という操作を覚えろ」「△△の武器が強いから購入しろ」と言ったところで、
それが何のゲームで、どうすればクリア(目的)なのかが分からなければ、
操作を覚えたり、武器を購入するという勉強をやろうとはしない。
子供にとって重要なことは、まず目的を明確にしてあげる事なのだ。
社会で生きていくために、どのような目的を持っていなければいけないかは、
これを見ている大人の皆さんは、よくご存じなはずである。
じゃないと、今ここまで社会で生きてはいないだろう。
それを、子供にわかりやすく、ゲームなどに例えて教えてあげればいい。
家の中では親という職業で、社会ではサラリーマンだったり店員さん、などといった職業で、
日々レベルを上げ、スキルを磨き、仕事という敵を倒して経験値を上げているのだから。
子供は、難しいことや複雑なことはわからない。
でも、それは大人の論理で語るから。
子供の論理で、子供の目線で話をしてあげれば、それだけでいい。
目的さえはっきりわかれば、あとは「勉強しろ」と言わなくても、子供は勉強をするようになる。
勉強が嫌い、といっている子供たちには、まずは勉強しろという前に、
人生はロールプレイングゲームであり、その主人公は子供たち自身であることを伝え、
社会というなの冒険をする上で必要なのだよ、と教えてあげてほしい。
よく洞窟にいる老人のように。