パンクロッカーたるもの、弾き語りではない。
アコースティックギターを使って一人で歌っていると、どうやらこの国では全て「弾き語り」という便利な言葉にカテゴライズされてしまうみたいだが、それに関しては違和感しか感じない。
「そんな細かいことどうでもいいじゃん」と思うかもしれないが、どうでもいいことにこだわっていかなければ、一緒くたににされてしまう。
「別にどうでもいいですよ」とサラッと流せた方がスマートなのかもしれないが、自分はいちいち言い直すようにしている。
「一人パンクロックです」と。
本当ならばこの「一人」という言葉も付けたくない。
だって別にパンクロックがバンドじゃなきゃいけないなんていう定義はないから。
パンク=バンドだっていう勝手な思い込みをしているのは、多くの皆さんの方だ。
しかしそこから続くであろう面倒臭い説明と、無駄な会話のラリーを減らすために、先に「一人」という言葉を付けている。
長年の経験と成長が生んだ思いやりである。
そもそもなんだ、「弾き語り」って。
語っている奴なんで見たことないぞ。ほとんどの人が歌っているのに、弾き語り。
フォークっぽいのも、ポップスっぽいのも、何だかよくわからないアングラっぽいのも、アコースティックギターで歌っていたら、全部まとめて弾き語り。
おそらくこの便利な日本語が生んでしまった特殊なジャンル。
じゃあ英語では何になるんだろうと思い、困った時のGoogle翻訳さんで調べてみた。
すると「弾き語り」=「Playing 」と出るじゃないか。
ますます色んな意味を内包した、音楽の匂いすらも薄まった言葉に変換されてしまった。
逆に「Playing」を和訳すると「遊ぶ」と変換される。いやいや、遊んでもらっちゃ困る。
他の候補に「奏法」という音楽の意味も出てくるが、これもかなり幅広い言葉だ。
要するに、「弾き語り」という言葉(もはやジャンル)はとても広い意味で、ざっくりしたものである。
しかし自分は、はっきりと「パンクロック」をやっていると自負している。
例えば「弾き語り」という言葉が「麺類」という色んなものを含む言葉に置き換えるとすると、自分は「パンクロック」という「うどん」を意図的にやっているのだ。(ただうどんと言いたいだけ)
だから弾き語りの人ばかりのイベントに出た時に、浮いてしまうのはしょうがない。
みんなパスタなのに、自分はうどんだから。
「うわ、何か変なのいる」って、お客さんも演者もなるのは当然のことである。
ここまで書いて一応言っておくと、、、
別に「弾き語りの奴らなんかと一緒にするんじゃねぇ!ファッキュー!」って言っているわけではない。
弾き語りと呼ばれる人の中にも、少ないながらも友達はいるし、リスペクトしているミュージシャンもいる。
ただ自分は「弾き語り」ではなく「パンクロック」であって、「違ったもの」であるということを言いたいだけである。
どうしても「違う」ということは「敵対」しているという風に誤解されてしまいがちな世の中なので、念のために言ってく。
まぁそんなことを言わなくても、自分の友達はよくわかっていると思うが。
そんなこんなで、これを読んだ人は金輪際、自分の事を「弾き語り」と言わないで下さい。
「パンクロック」、もしくは「うどん」と言っていただければ快く対応しますので。
すみませんが、よろしくお願いします。パンクロッカーからのお願いでした。