教育者とは | サラリーマンのまま投資インテリジェンスを身につけ、FX,不動産投資などで自由を手に入れ社会投資家になるための学問のすすめ

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ちょっと、本題を外れるけど...




昨今のいじめの報道について。



先生も同じ人間... 


かもしれないけど、あってはならない事態だ。


教育の道を志し、そのポジションにある教師や関係組織が、

目の前のいじめを受けた子ども(の心のうち)より、

組織の中での自分の保身をはかり、

あることをないかのごとく処理する姿勢は、最悪。

見たくないよ。



時代の縮図、組織の縮図、の光景だけど、

教育現場まで完全に染まっているとは...



学校や教育委員会や行政組織に限らず、

報道機関だろうが民間企業だろうが、

どこの組織でも、

都合の悪いことがあっても、

あることをないかのごとく対処する。


そのほうが、

管理能力があるように思い込む。


問題の本質ではなく、

当たり障りのない上っ面が横行する実態を是認する、

あやまった得点主義、制度やルールの弊害が

あふれている、本当は。

そんなこと、

社会人 長くやっていれば、

たくさん目にして、

味わってもきた。



まっすぐいくと過度に重圧がかかることも

体験してきているし、

百も承知だけど。。。



ひとに教える、

特に一番大切な成長過程にある

子どもたちに教える立場の教育者にだけは、

こんなことあってはならない!


そう思いたい。


そうでなければ、肩書は教師だけど、教育者ではない!



同じことは、どんな組織であれ、リーダーにはいえることだけど。


先生、ていう肩書は、

そのポジションにいるから自動的に

ついてくるものではなく、

そのポジションで、

正しい影響力を行使して、

その結果、

ついてくる呼称なんだよね。

日本の場合、本当は。



(中国語の場合は違うよ。

 先生、はただの「さん」の呼称だから)




自らの生命を賭して、

国の行く末を按じて、

ひと としてどうあるべきか、

教育者とはどうあるべきか、

といったことを

僕たちの先人は、脳裏に焼き付けてきてくれたからね。



そういうことを学ぶためにあるのが歴史の授業でしょ!



(あんまり偉そうなことはいえた柄ではないのだけど、

 本気でそう思っている)





全国の大学の特に教育学部の学生諸君へ



教育者とはどうあるべきか、

何のためにあなた方は

ほかでもない、教育者の道を志したのか、


今回の事件をテーマに、

まだ染まっていない、

やわらかい、

優秀なはずの頭で

真剣に考えてみてください。



届かないかもしれないけど...


よろしくお願いします...