生まれてきて良かった。

そう思えるのは、
沢山の方々に愛されているから。

もっともっと、
人に感謝したい。
愛溢れる生き方がしたい。

ただ素直に。
残りの3/4の人生を生きれたら。

どんな風に、
人の幸福のお手伝いが出来るかな。

道端に転がっている平凡な石も、
磨き続けたら非凡な輝石になる。

これからが、
本格的な始まり。


提出間際なので、
こっそりひっそり呟いてみました。

改めて、
ちゃんと文章は書こうと思います。

取り敢えず、
みんな、ありがとう。




真夜中に最寄り駅から帰り道を歩む。

そんな中、
今は反対側にいる太陽に想いを傾ける。

何気なく上を見上げれば、
通り道に植樹される木々の声なき生命力が流れてくるようで。

今は離れているようでも、
必ず陽は昇る。

世界において、
太陽信仰は共通するものだけれど、
太陽が必ず昇ることを信じれることってやっぱり美しい心なんだと思う。

そこには希望を受け止められる心、
神秘の根源を求める心、
そんなものを感じるようで。

美の振る舞いが仕草に現れると、
その洗練された何かにハッとさせられる。

想いにおいても、
行動においても、
何もかもにおいて、

やはり日本を作り上げている根幹には美の心があるなぁと痛感する。

歩いていて、なんだか幸せで、
取るに足らないことに感謝の気持ちを含められたら、
それがまた何とも言えず世界を慈しむ気持ちと重なりあって。

取り敢えず、真夜中に向かう中、
焦りもせず、またノンビリともせず、
淡々と進んでいく地球の自転する歩みに気持ちを合わせるつもりで、
また巡る一日に向けて、
足取りが軽くなる。

幸せだなぁ。
そんな気持ち。


目指せ!
美は健康から生まれるのだ!!

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体力があると悲観的にならない、という体験を伺ったので、美の一貫として、購入しました♫

ライムグリーン。
爽やかな色味です。
なんか見てるだけでも、
ワクワク感が溢れてきます。

今日は敷地調査も兼ねて、
上野恩寵公園をぐるぐる歩いてました。

目指すは1日15,000歩です。

早速まず一週間記録してみて、
散歩の時間を一週間の予定に組み込んでいきたいと思います♫

ついでに、建物散策しようかな( ^ω^ )♫


日本の美しさは
数ある調和の色調にあると思う。

移り変わりゆく風景、
強き光を柔らかに包み込むその暖かさ、
自然から生み出される香木、
音階ではない格調ある玉響な空間、
強さではなく深みを追求する味わい。

挙げるとキリがないけれど、
事象の違いは一見分からない集合体でありながら、
確かに精霊が息づいている。

そこには、生命が、躍動している。

大和の美しさは、
無我の個性の色調なんだ。

ふっとそんなことを垣間見た瞬間。

生命は何故こんなにも美しいのだろうか。

輝いている。
そんな生命の躍動をただ楽しむ。

いきたい……
イキタイ………
生きたい…………

日の光の元へ。

私でありながら、
誰かではない湧き上がる鼓動に、
ただ身を任せる。

なんとかギリギリセーフにて、
ミュシャ展行って参りました( *`ω´)♫


誰にも言ったことない気がするけど、
ミュシャ好きです。

一時期、
嫌気がさしたことも
あるにはあるのですが、笑

今回の展覧会で、
改めてミュシャ愛が復活。

彼の数々の作品、
膨大の仕事の山も
勿論素晴らしいのだけれど、

何より注目したのは、
技術とか人生とか世界観の部分。


圧倒的に彼を支える
自然と調和を生み出す線。

西洋史観を高めた、
スラブからの文化的高み。

なんていうか、
トルストイみたいだ。
(あくまで感覚的な)

劇などの舞台美術から、
ポスターから、
果てには装飾芸術、
総合的なプロデュース。

数々の目まぐるしい仕事量の中、
その思想的深まりに
技術が後から着いてくるのではなく、
常に後押ししている所が尚更頭が下がる。

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…素敵な心の友を知り得た気分。
優雅にお話するにはまだ時間が必要だけれども。




本日は展覧会を梯子してます(o^^o)

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ギリギリ間に合いました。
堀口さん、神代さん。

生の図面は
やっぱり見るに限る!

個人的に、
堀口さんのスケッチというか、
ペンとかでキチッと線引きしたのが好き。

大島測候所は
縦横の建物のバランスが絶妙。

サンパウロ日本館は、
日本の文化の美しさに想いを馳せます。

構造派より芸術に対する考えが
私はちょっと近い。

個人的に笑えたというか、
一番グッときたもの。

“精神的なる文明を
来たらしめんために
集う人々の中心建築”

…格好良いな!!!
卒業制作のタイトル萌え。
萌えの意味が果てしなく違いますねw

建築家にしては、
まあ珍しく、晩年歌集も出してます。

さて、神代さん。
彼の図面見てると日本人に対する自信というか、そういった根本的な気持ちに対する不安というか繊細さを感じます。

そもそもアメリカの繁栄というか都市の感想として、

日本とは異なる実質的な基盤を持った民主主義が発達していること、濃密なコミュニティこそがその基盤で他ならない、ことを見抜いたのは流石。

そこから、なら日本にある芽吹きはないのか??と問い掛け続けていくために日本の集落を色々サーベイし始める。

あまり建築家の内情ってそこまで、感じ取れてなかったけど、
その当時におけるひしひしとした気持ちが今ならまだ受け止められる気がする。

思考の歴史を巡ることが、
これからの世界を創造していくには不可欠で、
沢山のたくさんの宝石みたいな軌跡を綺麗にはめ込んで行く作業。

果てしなくても、
構築されていく過程を楽しみたい。


ベーコンが
『勉学について』というエッセイで、

「読書は充実した人間をつくり、
会話は機転のきく人間をつくり、
書くことは正確な人間をつくる」

ということを言及しているらしい。

人間性を磨く上で、
アウトプット、人との交流、インプットがどれだけ大切なことなのだろうということを痛感した近頃。

自分用の書斎が欲しいなぁと思いつつ、
小さいながらに、近場からやれば良いかというこざっぱりとした達観的気分。

書斎は動かない蔵書空間としてもあり得るし、
電車の中で読書空間として形成するのもあり、、、
何にせよ実践あるのみな訳で。

早速カフェで読むべき専門書をようやく一冊読み終えた現状。

知的格闘というか、
作者と対話するように行う読書って本当に掛け替えのない一時。

自分が実践することで、
より人への理解が深まり、
広範囲での許しみたいな気持ちも生まれる。
やっぱり味わないことには
批評する立場にはない訳ですから。

何にせよ、充実感!
これは良き習慣にしたいことです。



自分のものだと思い込んだものを失った時。
初めてその大切さが身に沁みる。


それが、
人であれ、物であれ、お金であれ、
自分の手のひらに乗っかっているものは、
全て一時的に与えられただけなのに。

旅人が、
一夜の宿を与えられたかの如く。


例え、
自分の与えられていたものが、
その手のひらから零れ落ちていったとしても、
それは元々与えてくださった天にお返ししただけ。

天に返された“もの”は、
本来あるべき場所に戻るだけだ。

もしかしたら、
もっと相応しい在るべき場所へ還るのかもしれない。


だから、そんな時、
私は悲しむのは止めようと思う。


与えられたことへの感謝と、
過ぎ去る“もの”への祝福の手向けだけを胸に宿していたいから。




今年は色々なことに挑戦してます。

身の廻りの物も新調。

香水もずっと変えたかったので、
おNEWに変わりました♫

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美の振る舞いを意識してます。

五感の感覚は活かすだけで、
芳醇さが全然違う。

好きな匂い、
探してみるのもお勧めですよ(o^^o)