三女と大阪に行ったついでに百舌鳥古墳群を歩いてきました。
私が子供の頃に過ごした街には、天皇陵を含めて古墳が至るところにありました。
私の小学校時代の原風景というのは古墳の街です。
通った高校の隣には反正天皇陵と呼ばれている田出井山古墳があり、高校の先輩には
考古学・古代史で有名になった森浩一先生がいます。
森先生の提唱で、昔は天皇陵と呼ばれていたものも、
その土地の名前で呼ぶことが一般的になりました。
私が子供の頃には仁徳天皇陵と呼ばれていたものも、
今の子供たちは大仙古墳と呼ぶようになっています。
小雨の降る中、大仙古墳の周りの長い距離を三女は一緒に歩きました。
たくさんの古墳にまつわるお話をしたのですが、将来覚えてくれているでしょうか。
中学受験の真っ只中にいる次女にこそ見せなければならなかったなぁ、と思いながら歩きました。
堺には大仙古墳を気球に乗って見るというプロジェクトが立ち上がったのですが、頓挫してしまっています。
堺は歴史の舞台に何度か登場しました。
鉄砲鍛冶、
千利休
与謝野晶子
・・・
観光コンテンツとしても豊富なのにそれを活かせていません。
自分の育った街がもっと活性化して欲しいと思います。
大仙古墳 飛行機から撮った写真
今回歩いたところの一部、いたすけ古墳