旅するように暮らしたい
昔、小さい頃、異国に住んでいた。
年に1-2回帰ってくる日本は、私にとっては旅にくる場所だった。
住んでいる国では
見た目も考えも違うことが当たり前で
存在しているだけで「違っている」ことが
安心できて楽だった。
他の人と違う と示さなくても、
当たり前のこととして認められている感覚。
違っていて当たり前で、違っていていいという感覚。
日本に帰るときはただ楽しみで
いよいよ自分の場所に帰るのだという
希望とワクワクでいっぱいだった。
いつも旅している国はいつのまにか私にとって憧れの場所となり
きっとそこには理想の生活があると夢見ていた。
帰ってきて
「違い」は疎まれ
違うことの心地よさや安心感は
自分の存在を認められない恐怖へと変わった。
年に1-2回帰ってくる日本は、私にとっては旅にくる場所だった。
住んでいる国では
見た目も考えも違うことが当たり前で
存在しているだけで「違っている」ことが
安心できて楽だった。
他の人と違う と示さなくても、
当たり前のこととして認められている感覚。
違っていて当たり前で、違っていていいという感覚。
日本に帰るときはただ楽しみで
いよいよ自分の場所に帰るのだという
希望とワクワクでいっぱいだった。
いつも旅している国はいつのまにか私にとって憧れの場所となり
きっとそこには理想の生活があると夢見ていた。
帰ってきて
「違い」は疎まれ
違うことの心地よさや安心感は
自分の存在を認められない恐怖へと変わった。
自分を切ったり貼ったりしながら
そこそこうまく「はまる」ようにして
気づいたら大人になってから大分経ってしまった。
そして今、前みたいに
日本がまだ自分の国じゃなかった時の感覚で
毎日を過ごせたら心が自由なのに、と思う。
