Macを起動させて、キャンバスを用意する。そこに昨晩スケッチブックに描いた
曲線を眺めて、油絵具を用意して青錆色を作ってキャンバスに同じ様な曲線を描く。
そこに陰影を付ける。その周りを蘇芳色で乱雑に塗り潰した。ある部分は薄らと、
ある部分は何度も塗り重ねた。
完全な抽象画。そして小説の内容が強烈にシナプスを形成していって、頭の中が
生と死でごった返してる。『鋼の子ども』の影響を受け過ぎているんだ。七海は途
中で筆を止めて自分が描いたキャンバスを眺めた。今までに描いた事の無い感情が
剥き出しの創作物。
――私って、こんな感情を持っているんだ……?
そう念うと何だか急に怖くなって来た。自分に対しても、その『鋼の子ども』に
対しても、今までに出逢った人々に対しても。何となく生きて来て、何となく生き
ている自分は、これからどんな人生になるんだろうか?
今日、火葬場で親友の死について改めて念った事。じっちゃんの言葉。私にどれ
だけの時間があるんだろう? もしかしたら次の刹那には考えてもいなかった「死」
が訪れるかもしれない。そもそも私は何の為に……?
蒼く輝く様にこの世界を覆い尽くしているだろう清々しい空を視上げて、頭の中
にどす黒い気持ちが頭を擡げて来るのを抑え込もうとした。それでもそんなにすぐ
に抑え込める訳なんてなくてモヤモヤした何かがモクモクと漂っている。
結局、運命も自分の選択も表現が違うだけで結果はきっと同じなのかもしれない。
だったら――だったら、私は今までして来た様に自分で選んで歩いて行こう。
モヤモヤした何かがモクモクと頭に漂っていても、そう決める事ができると何だ
か空がまた違って視えた。
「よしっ。取り敢えず、描くか~!」
七海は伸びをしてまたキャンバスに向かって筆を走らせ始めた。そうすると自分
でも解らないけれど、どんどん、どんどんイメージが溢れて来る。キャンバスを次
から次へと用意してそのイメージを転写するように描いていく。
本に書かれていたのは、生そのものが何であるのか、死そのものが何であるのか
と云う事は思考し言及する余地は在るにしても、それに囚われてしまっては思考す
る意味が無いと云う様なもの、ように念えた。各短篇に登場する人物がそんな沼に
這入ってしまった時は空を視るシーンが何度も描かれていた。けれどタイトルにも
なっている『鋼の子ども』だけは違った視点からその文体は紡がれていた。七海は
その登場人物と同じ様に刻々と変わる空を何度も視て、その日だけで完成度の有無
は考えずに十一枚を描き上げた。最初の描いた創作物だけはその最後に掲載されて
いる『鋼の子ども』が鮮烈な印象に起因している事は否めないが……。そしてそれ
らをスキャナーでMacに読み込んでそのデータをイラストレーターに新規書込みを
した。そうして九枚目の絵画になった時、ふっと、もっさりヘアーともっさり髭を
兼ね備えたある男の顔が浮かんだ。その男の名は「ボブ」。そう「ボブ・ロス」だ。
七海は残り二つのデータも同様の処理をして、押入の中からビデオテープが入っ
ている箱を取り出して背表紙を確認していく。すると数本目に手にしたテープには
確かに「ボブ・ロス絵画教室」 と書かれていた。
――これだ!
早速、ビデオデッキに挿入して再生。そうするとテレビの画面には紛れも無くさっ
き頭に浮かんだもっさりヘアーともっさり髭の「ボブ・ロス」がニヤリと笑って大
きめのパレットと1インチの筆を持っている。
ボブが描くのは主に風景画。しかも大抵が前面に大きな樹が描かれ、その背景に
は山が描かれる。初めて目にした時は凄いと関心したものだが、何度も観ていると
似たり寄ったりだし、技法も大抵は一緒だ。だからといって、下手な訳では決して
無い。ただ、立て続けにその番組を観るのは多分、またかと思ってしまうだろう。
とは云え、彼の紹介する技法を学び盗み、習得したお蔭で今でも役立つ事は多い。
シンプルな程、使い道は多種多様な訳だ。
――多種多様。そうだ。生き方は多種多様なんだ。私がどんな選択をしようと世
界がどうにかなる訳じゃない。精々、家族や友人や仕事関係の人間とかにほんの少
しだけ何かしらの影響を与えるくらいだ。そして改めて想う。自分で決めるしかな
い。自分で行動するしかない。自分を作る作業をするしかない。その為に私自身が
居て、その周りに拘わりのある人間が存在しているんだ。でもそれは私だけの為で
はなくて、私も彼等の為に存在し、こうして生きているんだ。活かされているんだ。
そんな風に考えて、続きの作業を進めた。その作業は深夜まで続いて、そして森
合にメールを送信した。
『お世話になります。デザイン候補をいくつか作成したので打合せをさせて頂きた
いので、セッティングの調整の程、宜しくお願い致します。七海』
そうして七海はベッドに横たわった。
曲線を眺めて、油絵具を用意して青錆色を作ってキャンバスに同じ様な曲線を描く。
そこに陰影を付ける。その周りを蘇芳色で乱雑に塗り潰した。ある部分は薄らと、
ある部分は何度も塗り重ねた。
完全な抽象画。そして小説の内容が強烈にシナプスを形成していって、頭の中が
生と死でごった返してる。『鋼の子ども』の影響を受け過ぎているんだ。七海は途
中で筆を止めて自分が描いたキャンバスを眺めた。今までに描いた事の無い感情が
剥き出しの創作物。
――私って、こんな感情を持っているんだ……?
そう念うと何だか急に怖くなって来た。自分に対しても、その『鋼の子ども』に
対しても、今までに出逢った人々に対しても。何となく生きて来て、何となく生き
ている自分は、これからどんな人生になるんだろうか?
今日、火葬場で親友の死について改めて念った事。じっちゃんの言葉。私にどれ
だけの時間があるんだろう? もしかしたら次の刹那には考えてもいなかった「死」
が訪れるかもしれない。そもそも私は何の為に……?
蒼く輝く様にこの世界を覆い尽くしているだろう清々しい空を視上げて、頭の中
にどす黒い気持ちが頭を擡げて来るのを抑え込もうとした。それでもそんなにすぐ
に抑え込める訳なんてなくてモヤモヤした何かがモクモクと漂っている。
結局、運命も自分の選択も表現が違うだけで結果はきっと同じなのかもしれない。
だったら――だったら、私は今までして来た様に自分で選んで歩いて行こう。
モヤモヤした何かがモクモクと頭に漂っていても、そう決める事ができると何だ
か空がまた違って視えた。
「よしっ。取り敢えず、描くか~!」
七海は伸びをしてまたキャンバスに向かって筆を走らせ始めた。そうすると自分
でも解らないけれど、どんどん、どんどんイメージが溢れて来る。キャンバスを次
から次へと用意してそのイメージを転写するように描いていく。
本に書かれていたのは、生そのものが何であるのか、死そのものが何であるのか
と云う事は思考し言及する余地は在るにしても、それに囚われてしまっては思考す
る意味が無いと云う様なもの、ように念えた。各短篇に登場する人物がそんな沼に
這入ってしまった時は空を視るシーンが何度も描かれていた。けれどタイトルにも
なっている『鋼の子ども』だけは違った視点からその文体は紡がれていた。七海は
その登場人物と同じ様に刻々と変わる空を何度も視て、その日だけで完成度の有無
は考えずに十一枚を描き上げた。最初の描いた創作物だけはその最後に掲載されて
いる『鋼の子ども』が鮮烈な印象に起因している事は否めないが……。そしてそれ
らをスキャナーでMacに読み込んでそのデータをイラストレーターに新規書込みを
した。そうして九枚目の絵画になった時、ふっと、もっさりヘアーともっさり髭を
兼ね備えたある男の顔が浮かんだ。その男の名は「ボブ」。そう「ボブ・ロス」だ。
七海は残り二つのデータも同様の処理をして、押入の中からビデオテープが入っ
ている箱を取り出して背表紙を確認していく。すると数本目に手にしたテープには
確かに「ボブ・ロス絵画教室」 と書かれていた。
――これだ!
早速、ビデオデッキに挿入して再生。そうするとテレビの画面には紛れも無くさっ
き頭に浮かんだもっさりヘアーともっさり髭の「ボブ・ロス」がニヤリと笑って大
きめのパレットと1インチの筆を持っている。
ボブが描くのは主に風景画。しかも大抵が前面に大きな樹が描かれ、その背景に
は山が描かれる。初めて目にした時は凄いと関心したものだが、何度も観ていると
似たり寄ったりだし、技法も大抵は一緒だ。だからといって、下手な訳では決して
無い。ただ、立て続けにその番組を観るのは多分、またかと思ってしまうだろう。
とは云え、彼の紹介する技法を学び盗み、習得したお蔭で今でも役立つ事は多い。
シンプルな程、使い道は多種多様な訳だ。
――多種多様。そうだ。生き方は多種多様なんだ。私がどんな選択をしようと世
界がどうにかなる訳じゃない。精々、家族や友人や仕事関係の人間とかにほんの少
しだけ何かしらの影響を与えるくらいだ。そして改めて想う。自分で決めるしかな
い。自分で行動するしかない。自分を作る作業をするしかない。その為に私自身が
居て、その周りに拘わりのある人間が存在しているんだ。でもそれは私だけの為で
はなくて、私も彼等の為に存在し、こうして生きているんだ。活かされているんだ。
そんな風に考えて、続きの作業を進めた。その作業は深夜まで続いて、そして森
合にメールを送信した。
『お世話になります。デザイン候補をいくつか作成したので打合せをさせて頂きた
いので、セッティングの調整の程、宜しくお願い致します。七海』
そうして七海はベッドに横たわった。