今読んでいる途中の「銀の匙」スプーンフォーク

中勘助の自伝小説で、子ども自身の感情がそのまま描写されているので、読んでいて微笑ましいですウインク

その中で、すごく共感できた部分があり、どうしても記しておきたくなりました。


ニコニコ 乙女のトキメキ ニコニコ 乙女のトキメキ ニコニコ


縁日に連れていかれるたびに、子供心にかわいそうでならなかった、葡萄餅売りのおばあさん餅

ぶどうもち、と書いたはげちょろの行灯(あんどん)を灯して、小さな台の上に紙袋を並べているけれど、人が買うところを一度も見たことがありません。

「私」は葡萄餅というものが何なのかは知りませんが、気の毒に思い、買ってほしいとせがむのですが、あんまりきたないので買ってもらえない・・えー

数年後(9~10歳頃)、ひとりで縁日へ行けるようになった「私」は、変わらずばあさんが露店を出しているのを見かけます。

縁日のたびにその前をうろうろして、「私」の目には涙がたまっていますタラー

買ってあげたいけれど、買う勇気がない・・ショボーン

ある晩「私」は、思い切って行灯のそばへ立ち寄ります。

ばあさんはお客だと思い「いらっしゃい」と言って、紙袋をとりあげます。

「私」は無我夢中で二銭銅貨を放り投げて逃げてしまいます・・コインたち


照れ 乙女のトキメキ 照れ 乙女のトキメキ 照れ


すごく、分かる気がするのです。

私も子供の頃、重たい荷物を持ってしんどそうだったり、歩くのもおぼつかないような老人を見ると、哀れみのような、せつない気持ちになった記憶があります。


そしてこれは私の推測ですが、「葡萄餅」という謎の食べ物についてニヤニヤ

 

葡萄、ということは、おそらく紫色なのでしょう。

 

それが餅に練り込まれているのか、それとも餅で包んであるのか、どちらにしても、見た目は「薄紫」ぽかったのでしょう。

 

紫色の餅=美味しそうに見えない=きたなく見えた、のではないでしょうかはてなマーク

 


・・・そんなことを考える一方で、これは志賀直哉の「小僧の神様」に似ているなあと思いました。

小僧がお金を握りしめて寿司屋へ立ち寄り、思い切って「くださいな」と言うけれど、お金が足りないので慌てて出ていく・・アセアセ

「銀の匙」は欲しくないけど買ってあげたい、「小僧の神様」は欲しいけど買えない、という違いこそあれ、純粋な心がかわいくて美しいなあ、と思いますウインク


銀の匙は、前半は虚弱体質な「私」ですが、後半に向かって腕白になるらしいので、楽しみにしながら読み進めていきたいと思います飛び出すハート

 

 

 

 

ハート  追記 ハート

 

① 葡萄餅は、戦国由来!の香川県の名産品ということでしたお団子

 

 

 

 

② 銀の匙、実は有名だったんですね!