「すべての社員が同じ時期に一斉に管理職に昇格するわけではない。あくまでキャリアパス制度で求められる要件をクリアすることが前提になる。そのあたりが誤解されている」
一部メディアで「年功序列制度」復活の象徴として報じられた住友商事。だが、人事部人事チーム長の渡部慎一氏は、自社の人事制度についてこのように語る。
本当に年功序列が復活したのか。
住友商事の“年功序列”の実態と狙いについて探った。
■早期選抜よりも社員の底上げ
同社は大学を卒業し、新卒として入社した後、10年間を「育成期間」として位置づけ、その間は、同期社員で昇格の面で差を設けないことにしている。この間は毎月支給される基本給も同じ額となる。
10年間の始めの4年間は「基幹職C級」として、その後6年間は「基幹職B級」とし、主任の扱いとなる。基幹職C級は「商社人として必要な基礎を身に付ける初期教育期間」、基幹職B級は「初期教育期間を終了し、自分の強み・弱みを確認しながらプロの商社人になるための準備期間」となっている。
この10年間を終える頃には、“高い成果を生み出すことができる自責型人材”になっていることを目指すのだという。その後は、「基幹職A級」として管理職になっていく。
渡部氏は、「入社し数年の時点で早期選抜を行うよりも、始めの10年間は社員の力の底上げや、活性化に重きを置くことで会社としての人材力を強くすることを狙いとした」と言う。
ここまでは、入社年次に沿って年功(キャリア)を積み重ねれば、自動的に昇格していく制度に思えなくもない。
しかし、この制度は「誰もが一斉に昇格していく」ものでもなければ、働く側にとって「ぬるま湯」でもない。むしろ、社員らの競争心やモチベーションを刺激し、組織としての力を上げていこうとする仕組みが随所に盛り込まれている。
その1つが、賞与だ。年2回支給される賞与は、上司の人事評価を基に査定が行われ、支給される。入社2年目から査定の対象となり、3年目からの支給額に反映されるが、当然、同期生の間で一定の差が設けられる。
■昇格するための「ハードル」
さらに入社5年目の「基幹職C級」から「基幹職B級」へグレード(等級)が変わるときには、キャリアパス制度で求められる3つの要件を満たすことが必要となる。これらをクリアすることができない社員は、その時点においては「基幹職B級」になることができない。
3つの要件とは、1つは英語力でTOEICの点数を600点以上獲得すること。同社で海外駐在員になるためには730点以上取ることが不可欠であり、駐在員の平均は800点前後という。
要件の2つ目は、人材育成を目的とした“社内ビジネススクール”といえる「住商ビジネスカレッジ」の講座のうち、人事部が定めた課目を受講し、その試験で一定の点数を取ること。
このカレッジには、貿易実務や会計・税務など延べ250の研修プログラムがある。講義は本社内にある大会議室などで行われ、受講者が多い課目は300人ほどになる。原則として社員自らが、受講する課目を選ぶことになっている。
その例外の1つとして、入社4年間の「基幹職C級」では、「実務研修」(入門編)の対象科目12を受講することが決まっている。「契約の実務(入門・国内契約)」「輸出入の基礎知識」「資金業務」などだ。これらの課目において、修了時点で行われる「確認テスト」で7割以上の点数を獲得することが、「基幹職B級」になるために必要となる。
3つ目の要件は、「実務研修」(入門編)の学習内容をより深くした「実務研修」(基礎編)の10科目を学習すること。「商社における財務業務の基礎知識」「法人税務基礎」や「予算制度・業績管理制度」などだ。それらの修了時点で行われる「総合テスト」で、全科目7割以上の点数を取らなければならない。
試験問題の作成や採点などにかかわる人材開発チーム長の西條浩史氏は言う。
「高い成果を生み出すことができる、揺るぎない力をこの10年間で身に付けさせたい。合格点を取ることができない場合には、課目により追試を行うこともある」
講座を通して、能力の底上げを地道にしていく一方で、数年ごとに他部署や関連会社、海外事業所への配置転換を随時、行っていく。
同社は7つの事業部で成り立っているが、この定期的な配置転換制度を導入する以前は、入社10年以内の社員でも優秀である場合は、その部でいわば囲い込みになることもあった。これは事業部制の大企業で見られる光景だが、渡部氏によるとその問題は克服されつつあるという。
「かつてよりは、ローテーションは増えてきている。入社し10年間で3~4つの異なる業務を経験することで、広い視野を持った管理職になってもらいたい」
■将来を見据え、きめ細かな指導育成
「基幹職B級」から「基幹職A級」へ、つまり、管理職に昇格する際にもハードルが設けられている。TOEICで730点以上を獲得することである。
この10年に及ぶ育成期間において、「基幹職C級」「基幹職B級」の社員を査定するプロセスは、本人が「人材アセスメントシート」と呼ばれる人事考課シートに、必要事項を記入することから始まる。
現在の職務内容や今後2~3年の職務内容、異動希望の場合はその部署や理由、さらには中・長期的なキャリアプラン、語学力、資格、健康管理、家族事情などだ。これらを基に本人と考課者である上司が話し合い、今後のキャリア形成をともに考えていく。1次考課者は直属上司、2次考課者は本部長など上席者となる。
今後のキャリアを考えるという観点でシートをとらえると、「今年度のジョブアサインメント(期待役割など)に対する現状認識」という欄が特徴的だ。ここに本人が300字ほどで記入する。さらにその下に、「今後より大きなジョブアサインメントを担うためにクリアすべき課題」とあり、自分の強みや弱み、今後習得すべきスキルや専門性を踏まえて書く。考課者である上司もコメントを書くことになっている。
そのほかにも上司は「本人の能力・資質と現職務との適合性」「配置・育成計画」「現時点での期待度」などにコメントを書き加えていく。
これらの上司や部下とのかかわりからは、人事部がそれぞれの社員の適性を見極めつつ将来を見据え、きめ細かな管理や指導育成をしようとする意図が見えてくる。
【関連記事】
アサヒビール流グローバル人材育成術、語学よりも実務力を重視
参天製薬が進める次世代育成プロジェクト、10年計画で従業員のニーズに対応
これがニッポンの管理職だ!——特集/管理職「超」入門・あなたが部下を持ったとき
企業パフォーマンスを上げるためのダイバーシティ・マネジメント——「社員にやさしく」がダイバーシティではない
妊娠から育児期間までをサポート——大阪ガスの女性社員支援策
一部メディアで「年功序列制度」復活の象徴として報じられた住友商事。だが、人事部人事チーム長の渡部慎一氏は、自社の人事制度についてこのように語る。
本当に年功序列が復活したのか。
住友商事の“年功序列”の実態と狙いについて探った。
■早期選抜よりも社員の底上げ
同社は大学を卒業し、新卒として入社した後、10年間を「育成期間」として位置づけ、その間は、同期社員で昇格の面で差を設けないことにしている。この間は毎月支給される基本給も同じ額となる。
10年間の始めの4年間は「基幹職C級」として、その後6年間は「基幹職B級」とし、主任の扱いとなる。基幹職C級は「商社人として必要な基礎を身に付ける初期教育期間」、基幹職B級は「初期教育期間を終了し、自分の強み・弱みを確認しながらプロの商社人になるための準備期間」となっている。
この10年間を終える頃には、“高い成果を生み出すことができる自責型人材”になっていることを目指すのだという。その後は、「基幹職A級」として管理職になっていく。
渡部氏は、「入社し数年の時点で早期選抜を行うよりも、始めの10年間は社員の力の底上げや、活性化に重きを置くことで会社としての人材力を強くすることを狙いとした」と言う。
ここまでは、入社年次に沿って年功(キャリア)を積み重ねれば、自動的に昇格していく制度に思えなくもない。
しかし、この制度は「誰もが一斉に昇格していく」ものでもなければ、働く側にとって「ぬるま湯」でもない。むしろ、社員らの競争心やモチベーションを刺激し、組織としての力を上げていこうとする仕組みが随所に盛り込まれている。
その1つが、賞与だ。年2回支給される賞与は、上司の人事評価を基に査定が行われ、支給される。入社2年目から査定の対象となり、3年目からの支給額に反映されるが、当然、同期生の間で一定の差が設けられる。
■昇格するための「ハードル」
さらに入社5年目の「基幹職C級」から「基幹職B級」へグレード(等級)が変わるときには、キャリアパス制度で求められる3つの要件を満たすことが必要となる。これらをクリアすることができない社員は、その時点においては「基幹職B級」になることができない。
3つの要件とは、1つは英語力でTOEICの点数を600点以上獲得すること。同社で海外駐在員になるためには730点以上取ることが不可欠であり、駐在員の平均は800点前後という。
要件の2つ目は、人材育成を目的とした“社内ビジネススクール”といえる「住商ビジネスカレッジ」の講座のうち、人事部が定めた課目を受講し、その試験で一定の点数を取ること。
このカレッジには、貿易実務や会計・税務など延べ250の研修プログラムがある。講義は本社内にある大会議室などで行われ、受講者が多い課目は300人ほどになる。原則として社員自らが、受講する課目を選ぶことになっている。
その例外の1つとして、入社4年間の「基幹職C級」では、「実務研修」(入門編)の対象科目12を受講することが決まっている。「契約の実務(入門・国内契約)」「輸出入の基礎知識」「資金業務」などだ。これらの課目において、修了時点で行われる「確認テスト」で7割以上の点数を獲得することが、「基幹職B級」になるために必要となる。
3つ目の要件は、「実務研修」(入門編)の学習内容をより深くした「実務研修」(基礎編)の10科目を学習すること。「商社における財務業務の基礎知識」「法人税務基礎」や「予算制度・業績管理制度」などだ。それらの修了時点で行われる「総合テスト」で、全科目7割以上の点数を取らなければならない。
試験問題の作成や採点などにかかわる人材開発チーム長の西條浩史氏は言う。
「高い成果を生み出すことができる、揺るぎない力をこの10年間で身に付けさせたい。合格点を取ることができない場合には、課目により追試を行うこともある」
講座を通して、能力の底上げを地道にしていく一方で、数年ごとに他部署や関連会社、海外事業所への配置転換を随時、行っていく。
同社は7つの事業部で成り立っているが、この定期的な配置転換制度を導入する以前は、入社10年以内の社員でも優秀である場合は、その部でいわば囲い込みになることもあった。これは事業部制の大企業で見られる光景だが、渡部氏によるとその問題は克服されつつあるという。
「かつてよりは、ローテーションは増えてきている。入社し10年間で3~4つの異なる業務を経験することで、広い視野を持った管理職になってもらいたい」
■将来を見据え、きめ細かな指導育成
「基幹職B級」から「基幹職A級」へ、つまり、管理職に昇格する際にもハードルが設けられている。TOEICで730点以上を獲得することである。
この10年に及ぶ育成期間において、「基幹職C級」「基幹職B級」の社員を査定するプロセスは、本人が「人材アセスメントシート」と呼ばれる人事考課シートに、必要事項を記入することから始まる。
現在の職務内容や今後2~3年の職務内容、異動希望の場合はその部署や理由、さらには中・長期的なキャリアプラン、語学力、資格、健康管理、家族事情などだ。これらを基に本人と考課者である上司が話し合い、今後のキャリア形成をともに考えていく。1次考課者は直属上司、2次考課者は本部長など上席者となる。
今後のキャリアを考えるという観点でシートをとらえると、「今年度のジョブアサインメント(期待役割など)に対する現状認識」という欄が特徴的だ。ここに本人が300字ほどで記入する。さらにその下に、「今後より大きなジョブアサインメントを担うためにクリアすべき課題」とあり、自分の強みや弱み、今後習得すべきスキルや専門性を踏まえて書く。考課者である上司もコメントを書くことになっている。
そのほかにも上司は「本人の能力・資質と現職務との適合性」「配置・育成計画」「現時点での期待度」などにコメントを書き加えていく。
これらの上司や部下とのかかわりからは、人事部がそれぞれの社員の適性を見極めつつ将来を見据え、きめ細かな管理や指導育成をしようとする意図が見えてくる。
【関連記事】
アサヒビール流グローバル人材育成術、語学よりも実務力を重視
参天製薬が進める次世代育成プロジェクト、10年計画で従業員のニーズに対応
これがニッポンの管理職だ!——特集/管理職「超」入門・あなたが部下を持ったとき
企業パフォーマンスを上げるためのダイバーシティ・マネジメント——「社員にやさしく」がダイバーシティではない
妊娠から育児期間までをサポート——大阪ガスの女性社員支援策
「この記事の著作権は 東洋経済オンライン に帰属します。」