ミーン、ミーン、ミーン
蝉時雨と言わんばかりに
朝から止まない蝉の鳴き声が、今年も夏になったなぁと感じさせる。今日も暑い。目覚めて早々、流れ落ちる汗と愛液で気持ちが憂鬱になってしまう。さっ、今日も始めるか。クシャクシャになった紙と少し臭いテッシュを踏みながら、何も変わらない一日が幕を開けた。


「きんたまもーって、きんたまもーって」僕が初めて炊飯器を使った頃だから、小学生くらいに流行った歌か。そう思い出に浸りながらラジオから流れてきた「キンタの大冒険」を聴いていた。僕は売れない漫画家だ。名前は泉 健太(いずみ けんた)漫画家と言っても描くのはエロ漫画だ。ろくに女性経験も無いくせに、何故描いているか自分でもわからない。ただ一つ言えるのは、自分で描いて、ただオナニーをするだけ。作品に飽きたら違うタイプの女体を描いてひたすらオナニー、その繰り返しで一日が過ぎていく。床に散らばった紙と少し臭いテッシュはそれの積み重ねである。たまに出版社に出して、なんの足しにもならない安いギャラで生計を立てている。家賃も何ヶ月滞納しているのだろうか、毎日毎日大家さんが腹筋ワンダーコアの説明をしてきてうるさい。
起床してから2時間も経たない内に7回もオナニーをしてしまった。次の女体でも描くか。そう無駄な制作に差し掛かろうとした時だった。


生き別れた息子はどうしているのだろう。そう生き繋がった息子に問いかけながらシゴいていると秘書が部屋に入ってきた。「灯台下暗しって言うけど、結局のところG-SHOCKが一番好き」と言って、私のデスクにコーヒーを置いた。「そうだなぁ。やっぱり、右足から付けるのが一番早いんじゃ無いか?」そう答えてあげると「1と5のつく日はポイント5倍デー!」と雄叫びを上げながら、両脚を巧みに使い肩をえぐられた。今の時間はなんだったのだ。ふと我に返って股間が膨らんできた。私は最低な男だ、今まで何人の女を泣かせてきたことか。若い頃に投資にはまり、巨額の富得たのは良いものの長くは続かず、その間に違う女を抱いては子供をつくって逃げる日々。やがて金も底をつき、街のゴミ箱をあさる時もあった。たまたま拾った宝くじが、まさかの5億円だったことで、会社を立ち上げ、今では一流企業の社長さんだ。風の噂ではあるが、今まで私が抱いた女は今の日本の経済を支えているかモスクワで成功している人物が多いと聞いたことがある。ただ過去の過ちを消し去りたいのだろう。社長になった私でも、誰も連絡を取ろうとする女はいない。順風満帆な人生に見えて、私は何も得てはいない。さっきから秘書が左足首で背中をさすってくるので、ただおもむろに、持っていたリモコンで顔面を殴ってやった。


何も浮かんでこないまま19回目のオナニーが終わって、さすがに身の危険を感じ始めた。気分転換に散歩でも行こう。電気も止められているため当然エアコンはつかない。部屋も外も変わらない暑さだが、外の方が心なしかな涼を得られる気がする。天気の良い昼下がりの街並みを、ただ何も考えずに歩いていた。その時だった、何かいつもと違う街の雰囲気に気がついたのは。


街はパニック状態に陥っていた。何故か皆、何かから逃げるように走っている。その中には、スーツを着た男、洋服を着た男、柔道着を着た男、スエットを着た男、短パン小僧、スリムクラブ、と何故か男ばかりが逃げているのである。女はそれとは反対に、何かに向かって行くかのように歩いている。僕は何もわからなかった、数日間も家から一歩も出ず、電気も水も使えないため、音が流れているかわからないラジオからしか情報が得られなかった為だ。どうなってるんだ?明らかに街の様子がおかしい。道端で性行為をしていた野良猫に、勇気を出して聞いてみた。「美味しいパンケーキのお店は知りませんか?」


社長!大変です!秘書が右手にテニスラケットを持ちながら駆け寄って来た。「とうとう、この計画が動き出したみたいです。」これはまずい。本当に実行されるとは。その計画と言うのは、全世界、全人類の雄を性器とみなし、完全なる女社会を作り上げるために各世界のトップが極秘で進めてきた計画だ。ドナルドダック・トランプ氏が大統領になった2016年、惜しくも敗れたアトカワヒラリークリントン氏が中心となり「男なんて糞くらい」「男なんてシャボン玉〜」「あ〜ぁ、チ〜ン、アロマセラピー」と島田珠代のギャグをキャッチコピーに各世界の女性権力者に訴え、近々実行に移すだろうとされていた。何故私がこうしていられるかと言うのも、秘書である彼女がレズビアンだからだ。かつてからクリントン氏と交わりたいと願っていた彼女は、愛液を垂らしながらクリントンのクリントン目掛けてクリントンしたらしい。するとSPに取り押さえられ拘束された。その時にこの計画が進められているのを聞いてしまったそうだ。縁があって私の秘書になったが、まさかこんな時に役に立つとは思わなかった。クリントンが考えている事は、とりあえず全世界の雄を取り締まり確保。確保した上で、生殖器しか機能しない状態にするということだ。何か対策は無いのか。恐らく今の日本で、平然とけん玉をしている男は私くらいだ。私が策を考え、アトカワヒラリークリントンを止めなければ。今からネイルサロンを開く、オリジナルステッカーをリスナーに配る、布団を干す、サランラップで世界一周、、、、ダメだ。良い案しか出てこない。どれにするか、、、そう、そうか、この手があったか。一か八か。


何故か気分が良かった。というのも、野良猫に聞いたパンケーキ屋の水がレモン水だったからだ。どんなパンケーキが出てくるのだろう、楽しみに待っていると一人の男性が汗と愛液を流しながら店内に殴り込んできた。「健太か!?健太なのか!?」何故僕の名前を知っているのだ。不思議に思いながら、おもむろにその男性の耳にレモン水を流し込んだ。「日本が、否、世界が危ない!お前の力が必要なんだ!」中耳炎になりかけの男性が必死に訴えてくる。彼を落ち着かせ、一緒にパンケーキを食べながら事情を聞いた。「健太、お前は俺の事は知らないだろう。私も何故、君が健太なのか知っていることに不思議に思っている。」一人で置物の観葉植物に話しかけている彼を振り向かせ、さらに話を聞いた。「私は昔、君のお母さんとサックスあっ、セックスをした。その時に出来た子供が健太、君なんだよ。今、世界は大変なことになろうとしている。君か私かが生き残りアトカワヒラリークリントン、彼女を止めるしか無い。」自分の会社を出た後、車のボンネットの上で性行為をしていた野良猫に、美味しいパンケーキのお店を聞いたところ、この店と僕の素性がわかったらしい。何も変わらない日々の繰り返し。売れるはずのないエロ漫画を描くことしか出来なかった僕が。もしかしたら、世界を救えるかもしれない。嘘か真かわからない僕の父親と共に。パンケーキを一通り食べ終え、ピッチャーに入れられていたレモン水を飲み干した。よし、行こう!その時だった、蝉時雨に混ざりながら激しい銃声が店内を包み込む。何が起こっているのか理解する暇もなく、ただただ焼け焦げた臭いと、パンケーキの甘い香りだけがしている。


気を失ってからどのくらいたったのだろうか。目を開けると、そこには粉々になったパンケーキと観葉植物、さらにはレモンの皮が飛び散っていた。かすかに気を失う前に女の声が聞こえた「まさか、生き別れた旦那と息子を殺すとはね。なにか、豚足でも食べたい気分だわ。」豚足ならビールも飲みたくなるなぁ。そう考えながら気を失っていった。倒れた衝撃で何箇所か骨折しているのだろう、体が思うように動かない。横に倒れていた男が少し動いた気がした。大丈夫ですか!声を掛けると、わずかな力を振り絞って僕に喋りかけてきた。「私はもうここまでだ、死ぬ前に息子に出会えてよかった。あとは頼んだぞ。」静かに目を閉じ、息が止まった。本当に父親なのか。彼のポケットをあさると一枚の紙が出てきた。「健太へ、私の睾丸を取り除き、それを持ってヒラリーのクリントンに打ち込め」何故かわからないが、涙が込み上げてきた。本当に父親だったんだ。父親じゃなければ、僕のところに辿り着けるわけがない。死ぬ前に息子に出会えてよかった。父親が生きてた事も知らない自分が、こんな形で再会するなんて。僕が世界を救うんだ。お父さん、任してくれ。父親の睾丸をもぎ取って、何処にいるかもわからないヒラリーのところにひたすら走った。なにがなんだかわからないまま、ひたすら走った。蝉時雨が鳴り響くこの街を、ただ時間だけが進んでいくこの街を守るために、僕はひたすら走った。そう。「金玉持って」





著者
覚野元気