天気予報では雨と出ていた。早朝だからか、少し雲の隙間から朝日が差し、まだ涼しい風が吹いている。恐らく午後になれば、鈍よりとした風に変わるのだろう。そんな事を思いながら陰部を握りしめていた。
今日は休日だというのに、早くに目が覚めてしまい、結果的に陰部を握りしめるという羽目になってしまった。こんな事を就寝前の自分は考えてもいなかったと思う。ただ今現在握りしめているという事実は変わらない。明日の朝も握りしめているかもしれないし、下手をしたら明後日も、一週間後も、一年後も死に際も、そんな事は誰にもわからない。今は握っている。それでいいのだ。少し散歩でも行くか。
陰部を握っている右手をどかして身体を起こし、左手で陰部を握り直した。


外に出てみると意外と風が冷たく、半袖では少し寒いくらいだ。
やめなければと思っている煙草をふかしながら、見慣れた街を競歩していた。冷たい風を感じながら競歩していると、家から2m歩いた場所に見慣れない喫茶店があった。見慣れたはずの街で何やら不思議な喫茶店。「喫茶 ミウラ」たまたまポケットに入っていたミキプルーンを持って、不思議な喫茶店へと足を踏み入れた。


ドアを開け不思議な喫茶店へと入ると、いかにも早起きが慣れていそうな老人ばかりが新聞片手にホットマミーを啜っている。皆がこれを飲むのもわかりゆる気がする。店にはホットマミーの香りが漂っている。
席に座り、ホットコーヒーひとつ!そう頼むと、年の頃でいうと恐らく12歳くらいの男性が「メソポタミア文明に失礼やわ」といいながら右局部を出刃包丁で勢い良く刺してきた。
止まらない血を拭いながら、私は優雅にコーヒーを啜った。周りを見渡せば老人達がこれ見逃しと新聞を読んでいる。中には新聞を咥えている老人もいた。隣の席には老夫婦が朝から楽しそうに会話をしている。「パラダイス銀河のサビが出てこないのよね〜」
「確か、ようこそソープランドへ!遊ぼうよ先生〜♪みたいな感じじゃなかったっけ?」時間がそうさせているのか、何故だか私は涙がこぼれた。


入店して30分くらいがたったか、立ち代わり入れ替わりで老人が入ってくる。何の気なしに店内を目で物色していると、私の右斜め前左45度後ろの席で座っている老人の新聞に目がいった。
「明日からキラキラと、ジャイアンツ、M288点灯!38年連続J2脱出へ!」
「オマーン国際マラソン開催!」など、非常に興味深い見出しが私の陰部を愛液で濡らした。
先ほどから厨房で何やら怪しい会話が聞こえてくる。
「20分コースでお願いします。」
「指名料はプラス1000円です。」
「とびきりおっぱいの大きい娘で」
「ライオンズマンショングループは反社会的勢力ですか?」
喫茶店とは思えない会話だが、私はただ聞き流すだけでいつの間にか股間が愛液で溢れていた。


私は全て間違えていた。
朝目が覚めてからずっとだ。
今思えば何を言っているのだろうとも思った。朝から陰部を握りしめている話も、見慣れた街を散歩していた話も、「喫茶 ミウラ」を見つけて入店した話もだ。もはや老人がこれ見逃しと読んでいたのは新聞でなないのかもしれない。間違っていたという言葉に語弊があるのであれば、勘違いしていたと言い直してもいいだろう。家から2m歩いた所に喫茶店がないことなんて気がつかないわけがない。ただ確かなのは、私は今「喫茶 ミウラ」の中にいる。否、ここはミウラではない。


繁華街から少し離れた場所で私はこの店を営業している。夜になると建物の隙間から光る煌びやかなネオンが営業マンの汗と給料が見えてくる。酔い潰れたサラリーマンや、ふざけた学生の集団などが快楽を求めて入店してくる。私が経営しているこの店は「喫茶 玉ウラ」
別に何の変哲もない風俗店だ。
ただ他の店と違う所が一つだけある。それは、朝から営業を行なっていることだ。喫茶と名乗っているのもそういうわけである。もちろん朝はコーヒーや、当店の名物でもあるホットマミー、トーストは置いていないがトースターは置いている。夜は酔った客が押し寄せてくるが、朝はどちらかというと年寄りがおおい。一見の客は中々いないため、ここに来る客は大体が店のシステムをわかっている。年寄りも朝はホットマミーを頼んで、射精へと準備をする。明日は午後から雨だと聞いている。「明日花キララ、ジャイアント肉棒で、Mプレイ288回イキ!38年連続JanJan脱糞!」
「オマンコ臭いマランツ開催!」
意味のわからないエロ本を並べて、朝の営業を迎えるのであった。


店からでると不思議な気持ちで溢れていた。何と表していいのか分からないが、かさぶた大量発生でかまぼこ食べ放題、といった感情だろうか。気がつくと家についていた。何故だか分からないが陰部を握る気が起きない。疲れが溜まっているのか、そんな事を思いながら少し横になった。テレビを点けて、何も考えず天井を見つめていた。時間が経つと不思議なことに、悶々とした気持ちは芽生えて来る。そんな自分が少し怖くもなるが、いつのまにか陰部を握りしめていた。こんな事を朝目覚めた時の私は想像していたであろうか。風俗店だった喫茶店に行くことも、家について陰部を握りしめていることも、こんなこと誰も想像していなかったと思う。だって私自身が想像していなかったのだから。
雲ひとつない空、さえぎるものがない太陽が、少し離れた繁華街と私の陰部を照らしていた。
恐らく気象予報士も想像していなかっただろう。午後から晴れた空と、私が右手から左手に握り変えたことを。



「想いの向こう側」より

著者
覚野元気