お勧め本:北川一成著「変わる価値」 | Todo-Takaちゃん

お勧め本:北川一成著「変わる価値」

なんだかんだ言ってもやっぱり相変わらず腹下しの日々です。

ケツから火を噴きそう、どうもTodo-Takaです。


ちょこっとお話していて面白いなぁと思った話を1つ。


◆「わかる」のと「できる」のは違う。

デザイナーの北川一成さんの言葉。

脳から下が切り離されているのが現代人とのこと。

どういうこと?


まず最初に思ったこと。

かつて流行ったマクルーハンのメディア論を考えたね。

間違っているやもしれないけどアタイの解釈だと‥

メディア(ここでいうメディアは「媒体」と考えて☆)

は人間の身体能力の延長機能を担っていて

同時に人間は自身の身体機能の一部に

メディアを取り込んでしまっている錯覚に陥る。

いろいろ書いてあったけど、

平たく言うと

メディア意識への警鐘みたいなものだった気がする。


例えば‥

【電車】

足の延長機能。定刻通りに目的地に行ける。

が、ひとたび故障や人身事故などで動かなくなると、人間はパニくる。

そりゃそうさ。機械だもの。という事に気付く。

いつも通りに出ればいつもの時間に着くのにね。ほんとはね。

いつの間にか、自分の足と錯覚してしまっているのね。

なにが起こるかわかりません。10分前行動しましょう。(笑)


【テレビ】

眼の延長機能。

海外の情報等が簡単に入る。

「世界は狭くなったっ!」と声高々に言っている人がいたなぁ。

が、あくまで人間が編集しているもの。

そこに悪意が加われば、映像は現実と異なる情報を発信する。

TVやインターネットで出ている情報が正しいのかどうかなど、

実際に自分で見に行かなければ解りやしない。


結局、なにかいつもどおりに行かないときに、メディアをやっと意識するわけですね。

人間っちゅーもんは。

そこで重要なのは、コンフォタブルが引き起こした人間の「鈍感」さ。


この話をさらに進めたのが北川さんの話。

「鈍感」が引き起こし、自身の身体機能で体験する事が少なくなってきた事による弊害に気付いているかどうか?

ここから先はこの著書で少し触れています。

なんだかね、北川さんって人、いっつも変な事考えていて面白い人なんです。

変具合を是非この著書で触れてみてくださいな。なんだか凄く売れているみたい(笑)


北川一成 ※「くれぐれもデザイン書ではないのでっ(汗)」北川氏談



よく、北川さんがワークショップでやるんだけどね、

「頭の中で☆をイメージして。では眼を瞑りながら☆を書いてみて。」

‥全然書けないの。

なぜかと言うと、形を良く見たり考えたりするけど、それを実際に書く事が少ないから。

頭で完結してしまう事が多く、それを具現化するのはPCやメディアに依存している事が多いから。

「知っている」、「理解している」ことと「出来る」という事が違うという事。

それをとてもシンプルに感じる瞬間。

これ、いろいろな現代社会の歪に繋がるすげー重要な問題とアタイは思う訳で。



と、手前勝手な論を繰り広げる、モンモンとしている夜のどうもTodo-Takaでした。



早く寝なきゃ‥。あせる