6月10日…路面電車の日。


 都内某所にて、都電荒川線の全電停が一堂に介して、都電荒川線の今後について語り合うという「都電荒川線シンポジウム」が開催された。


 以下は議事録に記載された、その記録である。


議長:お集まりいただきましたみなさま。本日は乗務でお忙しい中、まことにありがとうございます。また、いつも都電荒川線を利用してくださいます乗客のみなさま、今日は聴衆としてお越しいただきまして本当にありがとうございます。みなさまのような都電沿線住民によって、都電はノスタルジーや昭和の乗り物、はたまは時には時代遅れの産物などと揶揄されながらも、21世紀まで生き残りました。


 そこで、首都・東京に残る最後の都電である荒川線の全電停のみなさんに今日はお集まりいただきまして、今後、都電はどのように活性化していけばいいのかを伺いたいと思います。

 議長は僭越ながら「散歩の達人」5月号で全電停下車に挑戦した私が務めさせていただきます。


王子駅前:路面電車が見直されている風潮があるとはいえ、それは一部の行政関係者や交通問題に関心の高い層だけです。路面電車が新時代の交通機関と考えている人はまだまだそんなに多くない。私のところは、荒川線では一番乗降客が多いけれど、利用者はほとんどが高齢者ばかりです。若い世代が荒川線を利用しなくなれば、また利用者減は目に見えいる。


庚申塚:そうそう。4のつく日は、私のところなど、そりゃあもうすごいにぎわいです。荒川営業所でも、「4の日」は都電貸切をできないとアナウンスしているほど、私のところは人出がすごい。でも、やっぱりとげぬき地蔵に行く、高齢者ばかりです。


西ヶ原四丁目:かつては東京外語大学があったので、学生の利用も盛んでしたが府中に移転してからは、まったく若い人の利用がなくなり私は寂しい思いをしています。路面電車が新時代の交通機関というのは本当なのでしょうか?


学習院下:学生利用が多いというのは都電全体を見てみればわかること。私のところからは学生がたくさん乗ってくれますよ。


早稲田:私のところ学生が多いですぞ。


熊野前:私のところなどは首都大学のキャンパスがありますが、学生はそれほど多くありません。やはり電停からキャンパスまで距離があるからなのでしょうか?


荒川一中前:私なんて名前が学校名なのに、中学生がここから乗ることは土日ぐらいです。副駅名称のジョイフル三ノ輪前の方がよっぽどしっくりきますよ…。


三ノ輪橋:いや、ちょっと待ってくれ。ジョイフル三ノ輪を名乗られてしまうと、私はどうしていいのかわからなくなる…。


東池袋四丁目:今、副駅名称の話が出ましたが、私も「サンシャイン前」という副駅名称にはいささか不満があるのです。もともと、私は日ノ出町という由緒正しき名前がありました。ところが池袋駅が山手線の駅の中でも繁華街として発展してくると、日ノ出町は飲み込まれてしまい、今では商店街名に残るのみです。東池袋なんて由緒もない名前を名乗らされている気持ち、みなさんにわかりますか?


向原:そりゃ、日ノ出町と言っても今の都民にはピンとこないし、有楽町線の東池袋四丁目との乗換駅になっているのだから、東池袋とかサンシャイン前といった名前は我慢して使うしかないんじゃないのかい?


小台:そうそう、向原さんや私のように、今では商店街の名前としか残っていないような地名でも、頑なに電停名を変えずに頑張っているところはあるのです。


栄町:おや、小台さん。住居表示法施行以前から、あなたのところは尾久町だったようで、あまり由緒ある地名とは思えないのですがねぇ?


巣鴨新田:まったくです。私など、王子電気軌道が飛鳥山-大塚駅前に開業させたときからの最古の電停ですよ。しかも、今では地名としてもなくなってしまった巣鴨新田を頑なに守っていますよ。それに、王電の本社は私が最寄です。小台さんが由緒ある名前などと言っておりますがまだまだですな。


新庚申塚:何を隠そう、私も「新」などとついていますが、昭和30年代からこの名前を使っています。簡単に由緒だのと言われては困りますね。


町屋駅前:あんたら、由緒だの何だのと言っておるが、時代はどんどん変わっていくもんだ。そんなことよりも、これからのことを考えなきゃいけないんじゃないのかい? 私のところのように、地下鉄とも京成とも乗り換えられる便利な電停が沿線住民には重宝されると思うんだが?


大塚駅前:私も都電で唯一の山手線と乗り換えられる電停です。町屋駅前さんの意見にはまったくそのとおりだと思いますね。


鬼子母神:そうそう、私ももうすぐ東京メトロの雑司が谷駅ができて乗り換え客がどっと利用してくれるようになりますよ。


雑司ヶ谷:なにを言うておるんじゃ、キミたちは。ほかの路線との乗換駅になると言っても、後から来た鉄道路線に、駅名を譲って「●●駅前」などと名乗っているじゃないか。プライドはないのか。オレは絶対にそんな名前は使わない。都交通局さんも私を「都電 雑司ヶ谷」という名前にしてくれるそうだ。もっと都電としてのプライドを持ちなさいよ。


早稲田:まったく同意見です。私も東京メトロ東西線の早稲田駅があるけれど、早稲田駅前などとは名乗りませんよ。


三ノ輪橋:私も東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅があるけれど、あくまで三ノ輪橋を通しておる。


新庚申塚:同じく、都営三田線の西巣鴨があるけれど、名前を変える気はない!


荒川遊園地前:それはみなさんが、乗換駅から離れているからでしょう? 私は利用者の立場になって「尾久六丁目」から「荒川遊園地前」に改称しましたが、それをプライドがないからだとは思ってません。


荒川区役所前:同じく、三河島二丁目から荒川区役所前に改称した身だが、利用者の立場になればこそであって、それはプライドうんぬんじゃあない。


東尾久三丁目:それじゃあ、私のような利用者目線でもない改称はどうなりますか?


荒川二丁目:私もただ地名が変わったから自分の名前を変えたクチです…。


議長:今、みなさんが主張している由緒ある地名をそのまま電停名にするという意見。今でも、沿線に住む高齢者の中には「王電」と呼ぶ人がいることから考えても
確かに沿線住民からしてみれば親しみある名前ということで、大事にしておきたいという人は多いでしょう。
 しかし、そうした名称を議論しても今後の荒川線発展にはつながらないと思います。ここでいったん休憩を入れ

ましょう。

花電車