毎年の端午の節句で刻まれる柱の痕が後々まで心に刻み込まれるように、忘れようとしても忘れられない思い出の1つや2つは誰だって持っているはずだ。そして、その思い出に付随して、忘れられない人というのも必ず存在する。  

「毎日、都電のブログを更新しているなんて、やっぱり都電のことがすごい好きなんですよね?」と言われることも増えてきた。  

もちろん、都電のことは大好きだ。だけど、すべてがいい思い出になるとは限らない。今回は、少しばかり辛くて忘れられない、そんな思い出話。

夜の都電荒川線  

それまで、何人かの女の子と付き合ったことはあったのだけど、初めて心の底から結婚したいなと思った女の子がいた。そして、その子は都電の沿線に住んでいた。  

デートをすると、ボクは都電の電停まで送った。  

どうしても離れがたいときがあって、その時は、都電に乗らず、手を繋いで彼女の家まで帰った。そして、いつしか都電には乗らないで、線路沿いを歩いて帰るようになった。ボクはそれが決して嫌じゃなかったし、むしろ彼女と少しでも長く一緒に居られることは嬉しかった。 後からやってくる都電に何度も抜かれても気にならなかったし、最寄電停に着いたら行き交う都電を眺めてずっと談笑するのも楽しかった。  

でも、そんな日々は少しずつ静かに消えていく。 当時、ボクはこの先の未来に悩み、彼女に依存するようになっていた。それが彼女にとって重荷になり、結果として彼女を傷つけてしまっていたのだった。 

ボクは真剣だった。彼女も真剣だった。だからこそ、いったん捻じれが生じると、動きがとれなくなる。 

ボクと彼女の距離は遠くなった。  

手を繋いで都電沿いを歩くのは、決まって夕方。ゆっくり歩くと、家に着く頃には夜になる。そして、彼女が玄関の向こうに消えると、ボクは月と都電を眺めながら、名残惜しみながら家に戻るのだった。  自分勝手だけど、夜に都電に乗っていると今でも彼女を思い出す。 

ゆらゆらと光を放ちながら、視界から滲んでいく都電。 「いつかいなくなるんじゃないかとは思っていたけど、たまにキミのことを思い出してもいいよね……」  

ファンファンと鳴る都電の警笛に、そんなボクの気持ちは掻き消されてしまうのだった。