※多少フィクションも入ってますので、今回の駄文は「小説風」って事でよろしくお願いします。



もう20年も前の春の話だ。


 当時の僕は中古ではあるけれど、どうしても欲しかったカワサキの「元」フラッグシップを手に入れ「やっぱりバイクは大排気量だよな~」などと1人満足しながらビッグバイク生活を過ごしていた。



 80年代の大バイクブームの中でバイクに乗り始め、未だに生き残っている僕達の世代は大なり小なり「馬力命!」「加速とスピード命!」であり、サーキットや峠を速く走れるバイクこそがカッコいいと刷り込まれている。


 だから僕も手に入れたカワサキを峠でどれだけ気持ち良く駆抜けることが出来るかに、30歳をゆうに過ぎてもなお腐心していた。


 その後どうしても上手く乗りこなせなかったこのカワサキを、僕は手放してしまうのだが、今にして思うと、この日の出来事から僕のバイク観と言ったものが変って行ったのかも知れない。


 その日1人で朝早く家を出て、関越経由で埼玉・群馬・長野の3桁国道と県道のくねくね道を走り継いできた僕は、遅い昼食をどこで取るかを算段しながら北軽井沢の辺りをゆっくりと流していた。


 そして前方にかなり上品に見えるカフェレストランを見つけた。

 ポルシェとBMWのスポーツタイプが駐まっている駐車場と優雅な建物に、はたして僕と僕のカワサキが調和するのかしら? と少し躊躇しながらもそのレストランの駐車場に侵入して行った。

 カフェレストランの窓際の前の駐車場には2台のバイクが駐まっていた。2台共ヤマハのSRだった。

 1台は多分ごく初期型であろうかなり使い込まれた、でもよく手入れの行き届いている赤いSR500、もう1台はメーターを見るとまだ走行距離2,000kmにも満たない新車と言ってよい位の黒いSR400だった。


 ほぼ新車の黒い400がノーマルなのは良いとして、もう20年も経つであろう初期型の500もかろうじてリアサスを社外品に換えている位で他は全くのノーマルの様だった。


 その当時SRと言えばイコール思いっきりカスタム車と言うのが定番だったので何だかとても新鮮に見えた。

 
 この頃もうすでにSRの発売から20年以上も経っていたというのに僕はノーマルのSRをまじまじと見たのは初めてだったかも知れない。


そしてまじまじと見たSRは正直ビックリする程美しい姿だった。


 あれっ? ノーマルのSRってこんなにカッコ良かったっけ? と僕は驚いた。


 何しろこれ迄SRと言えば遅くて走らない、峠やコーナーをどうこう言うようなバイクじゃないとずっと思い込んでいたので、まじまじと見つめるような興味の対象にはならなかったのだ。


 今更なのだけど、なかなかコイツは名車の佇まい(たたずまい)を持っておるなあ、などと感心してしまった。


 特に初期型の赤いSR500は長い年月を経て使いこなされてきた道具特有の雰囲気が醸しだされていて、長く走り続けて来た重みのようなものまで感じられる。

初期型赤いSR500です


 ああこりゃあ間違いなく名車だわ。僕はその時(勝手にだけど)確信した。


 その時以来、僕は乗った事も無いのに、いつかはSR500に乗ろうと心に決めたのだった。

 さて一体どんな人達が乗っているんだろうと思いながら荷物を解いていると、カフェレストランのドアが開きライダー姿の男女が出て来た。


 果して、如何にも業界風の(広告とかテレビ局とかみたいなね)、男の僕が見てもかっちょええと思ってしまうようなヒゲなんか蓄えたダンディなオヤジと、その業界オヤジ? に見合った顔が小さくてとてつもなく足の長い若い女性のカップルだった。


何だか雑誌の表紙にでも出てきそうな2人だな、などと思いながら横目で追っていると、業界オヤジ? の方から「速そうなバイクですね」と声を掛けてきた。

 
ええまあ、なかなか上手に乗りこなせませんが、というような事を僕は答えた。


僕はSRの事が聞きたくなって、SRってどうですか? と尋ねてみた。


 「楽しいバイクですよ」と彼は答えた。そして「最高速以外のバイクの楽しさ全てがあります」と続けた。


 バイクの楽しさの全てがある?
そう断言されて僕はちょっと戸惑った。こんな遅いバイクに楽しさの全てがあるだって?


 ああこの業界オヤジもまた「風を感じていたいんだ」みたいなセリフをヌケヌケと言い放つ類(たぐい)の輩(やから)であったか、とちょっと落胆した。


 でもそれにしては初期型のSR500は手入れが行き届き、身に着けているウェアも理に適ったものだ。


 僕はやや悪意を含みつつ「SRってホントに楽しいんですか?」と聞いてみた。

 ひょっとしたら僕の言葉の根っ子にあった悪意を感じたのかもしれない。


 彼はまじめにきちんと「SRは初心者にはとても優しく、バイクを乗り続けて来た私のようなオヤジ達には厳しく接してくれるんですよ」と答えてくれた。


 僕には全く「???」だった。


「SRってこう見えてコーナーがとっても楽しいんです。結構ぐいぐい曲がっていくんですよ。だから初心者が免許を取ってSRに初めて乗ってバイクに慣れるいくと、気持ち良いコーナリングのごほうびが貰い易いんです。やっぱりバイクに乗って気持ち良くないとツマンナイですからね。」


 そして「最初のバイクがSRだったら間違いなくバイクが好きになりますよ。」と続けた。


 僕は「でもベテランには物足りないでしょう?」とたずねた。


 「まあパワーは無いしスピードも出ないですよね。でも初期型は結構トルクありますよ。現行型だってキャブを換えてやるだけで全然違いますよ。」と見かけによらず熱く語ってくる。

※当時はまだSRはキャブ仕様のみです。

「テクニックさえあればそれなりに現行車にだって付いて行けるんですよ。」


「結構それも楽しみでね。」

 
なかなか語るオヤジだった。


 僕は、やっぱり姿形でヒトを判断してはいかんな~、なかなかかっこ良いSR乗りではないか、とちょっと見直した。


 このオヤジひょっとしてSRで現行車を追い駆け回してるんかな? などとちょっと想像してしまった。

僕と僕のカワサキがこのドノーマルのSRに追い駆けられたらちょっとイヤだな。

 そこへもう1人のSR乗りである女性ライダーが追い付いて来た。びっくりする位スタイルが良くて顔が小さくてキレイな女の子だ。


 せっかくこの業界オヤジには好感を持ったものの、やっぱり許せん、と再び悪意がよぎった。

「ムスメです」
業界オヤジは事もなげに言い放った。


「ずっと反対していたのですが、どうしてもバイクに乗るって、言う事を聞かないものですから、それならばSRを、と勧めた訳です。」


あ、ムスメなのね。 僕は面食らって絶句した。

 言葉を失ったままの僕を後にして、二人はキックでエンジンを掛け始めた。

業界オヤジはさすがの一発始動で、ムスメさんも中々キックのフォームが決まっていた。


なんだかほれぼれするような二人だった。

これが僕のSR好きの原点となった。