カリウス
確かにあの二つの失敗がなければ、違う試合展開、結果になっていた可能性は高かったと思います。
1失点目のミスが彼のメンタルにどのくらいの影響を及ぼしたかは、サッカー選手として死ぬほど緊張する環境下での試合経験がある自分には完璧にではないですが想像することは出来ました。
ましてやゴールキーパーです。
まさに目の前が真っ暗になったのではないかと。
カリウスにとっては非常に辛い試合となりました。
試合の均衡を破るベンゼマのゴールを振り返ってみると。
オフサイドラインを飛び出さないように巧みな動き出しでクロースのパスを引き出したものの、パスが長くなりボールはそのままリヴァプールGKカリウスの元へ。
中継席で見ていた自分も、一度プレイが切れたなと思い視線はカリウスから展開されていくであろうエリアの方に目が向いたその瞬間でした。
ベンゼマは狙っていました。
パスが長くなり相手GKに渡るのが分かった時点で、他のストライカーであれば、自分にボールが届く可能性は潰えたと即座にスピードを緩めたであろう場面。
いつからその瞬間を頭に思い描いていたのかを知る術はありませんが。
ベンゼマはスピードを緩めながらも、動きを止めることなくGKの方へと向かう中で。
あのゴールが生まれました。
試合序盤から、リヴァプールがまさにリヴァプールという闘いを見せてくれたおかげで相当苦労していたであろうマドリー。
受けに回る時間もありながら、少しずつ主導権を取り返してはいたものの、まだどちらに転がるか分からない。
そんな時間帯に突然起きた。
レアルマドリードの先制点。
確かにカリウスには注意力が足らなかったのだと思います。
自分に迫ってくるベンゼマが足を出してくる「はずがない」という考えが、誰もが驚くことになったあのゴールを生み出してしまったことは、否定出来ません。
実際中継席で解説をしていた自分も、あの得点を見て、カリウスのミスだと思いました。
しかし、確かにミスではありますが。
得点を挙げたベンゼマの、喜びを爆発させる姿を目の当たりにした者としては、ただカリウスのミスによって生まれた得点だとはコメントする気になりませんでした。
ベンゼマの喜ぶ様には「ゴールを決めたのは俺だ」というはっきりとしたメッセージが込められていました。
実際、カリウスが彼にパスをしてくれたわけではなく。
キックミスがたまたま飛んできたわけでもなく。
ゴールを奪う為の、クロースからのパスを引き出す抜群の動き出しがあり。
そのままの流れでゴールキーパーのところまで足を止めずに走り。
ベンゼマ自身も「まさか」と思った可能性は高い、それくらいレアな出来事ではありましたが。
しかしながらカリウスの手から離れたボールに当たったベンゼマの足には、明確に「ブロックする」という意思を感じました。
ベンゼマが右足を伸ばしたからこそ、軽率ではあったかもしれないカリウスの手から離れたボールが当たり。
ゴールに転がり込んだ。
だから、あれはベンゼマのゴールなのです。
あの場に居合わせた者として。
遠く離れた日本で、深夜に眠たい目をこすりながらも、世界最高の闘いを見守っているたくさんのサッカーファンの方達に。
チャンピオンズリーグ決勝戦の現地解説を任された者としては「これはカリウスの致命的なミスですね」
こんな安易なコメントであのゴールを表現することは出来ませんでした。
あのゴールはカリウスのミスだけではなく、ベンゼマの動き出しの上手さと、可能性を信じて走り足を出した彼の気持ちが手繰り寄せたゴールなのではないかと素直に感じたし、だからそのように話をしたと記憶しています。
少なくとも。
信じられないほどの大歓声に包まれた。
昨晩のオリンピスキースタジアムにて、試合を見させてもらえる幸運に恵まれた一人のサッカー人としては。
「カリウスのミスで生まれたゴールだ。」
この手短なコメントで片付けられるようなものではありませんでした。
もちろん、カリウス本人は。
100パーセント、自分の責任だと感じているでしょう。
世界中にどれくらいのプロサッカー選手がいて。
昨晩のあのとてつもなく重要な試合に出場出来る選手の数は、両チーム合わせて多くても28人に過ぎない。
チャンピオンズリーグがどれだけ凄い舞台なのか。
その大会の決勝戦がどれくらい大きなプレッシャーを感じるものなのか。
出場したことすらない僕には、残念ながら想像することが出来ません。
世界トップの選手が、最高レベルの闘いを日常的に繰り返してきた最高の選手達が。
怪我をしてピッチを離れなくてはならない時に、悔しくて涙を流すくらい。
それくらいチャンピオンズリーグの決勝というものは、大きな舞台なのだということ。
長い選手キャリアの中で、世界トップレベルの選手ですら一度あるかないかの大舞台。
世界最高の闘い。
それがチャンピオンズリーグ決勝なんだと思います。
そんな試合に出場する選手達が、どれほどのプレッシャーを感じながらピッチに立っているのか。
それもまた、残念ながら自分には想像することは出来ません。
選ばれた人間しか立つことが出来ない舞台。
平常心を保つことが果たして出来るものなのかどうか。
前日練習で、何本シュートを打っても一向に足に当たらず、枠にも飛ばず。
最後まで険しい表情を見せ続けたクリスティアーノ・ロナウドを見て。
その舞台に立つことの難しさを感じました。
その舞台に立つ意味、それは勝つことのみ。
そんなサッカーが楽しいはずがない。
懸かっているものの大きさを考えたら、あんな風にサッカーが出来ていること自体、奇跡みたいなものです。
お互いがお互いの全てを懸けて闘う。
時間を忘れてしまうくらい、自分は解説で来ているのだと、必死になって言い聞かせるくらい。
本当に美しい試合でした。
カリウスの、おそらくはミスと呼ばれるであろうプレーがきっかけにはなりましたが。
レアル・マドリードの先制点は。
正真正銘、カリム・ベンゼマが決めたものです。
その価値を下げるような言葉は、全くもって必要がない。
あの舞台に立つ選手達がどれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのかを考えれば。
どれほどのレベルでサッカーをしているのかを考えれば。
心底リスペクトする気持ちはあっても。
その一つの現象だけを見て、「なんて酷いミスなんだ」などという言葉は。
吐けないんです。
吐いてはならないと思います。
彼らは皆、最高の選手達です。
あの場所にたどり着くまでに。どれだけのことを成し遂げてきたのか。
その背景をきちんと見た上で、言葉を発しなくてはなりません。
そんな最高レベルの選手達でも、時に驚いてしまうようなミスが起こるのが、サッカーなんです。
1st legで勝ち抜けを決めたと思ってしまったのか、3バックという奇策を講じたローマに、なす術もなく破れてしまったバルセロナ。
レアルマドリードを相手に、2試合通じて内容では大きく上回ったものの、2つのミスで破れてしまったバイエルンミュンヘン。
それがサッカーです。
誰かがミスをしなければ、ゴールは生まれないのです。
どんなゴールにも、大小問わず少なからずミスは存在します。
ポジショニングのミス、判断のミス、技術ミス。
その些細な一瞬を逃さないのが、世界トップレベルなのです。
幅広くサッカーをご覧になってきた人なら分かると思いますが。
レベルが低くなればなるほど、ミスの数は増えます。
ミスの数が増えますが、ミスをしてもらえた側もミスをするのでいつまで経ってもチャンスが生まれない。
そんな試合はたくさんあります。
今回我々が見させてもらった試合は。
この惑星で見られる中でも最高レベルのものでした。
もうじき始まるワールドカップですら、見られることのない最高レベルの選手達、最高レベルの監督による、最高レベルの闘いでした。
あの試合がどれだけ素晴らしいものなのかということを。
我々はもっと正しく理解をし、伝えていかなくてはなりません。
ピッチに立つ一人一人の身体的な能力の高さ、テクニックレベルの高さ、戦術的インテリジェンスの高さ。
その選手達を日常的に一つの方向性を示しながら鍛えあげつつここまで勝ち上がらせてきた両指揮官。
全てが世界最高レベルのものでした。
素晴らしいものを如何に素晴らしいと伝えることが出来るか。
我々メディアが伝え方を間違えたら、それを受け取る人達も間違いてしまうかもしれない。
もしくは、そのメディアが信頼を失うことになります。
色々な形でのサッカーの見せ方、伝え方があって良いと思いますが。
それぞれの掲げる方向性を支える根っこの部分には。
サッカーに対する愛情、サッカー選手・監督に対するリスペクトが絶対的に必要です。
まだまだサッカーに対する解釈、構成要素に対する認識が足りていない日本のメディア。
ミスリードだけでなく、サッカーを愛するファンの信頼を失うような見せ方と伝え方は絶対にしてはならない。
自分達から発信される情報一つ一つに、この国におけるサッカーの未来が懸かっている。
それくらいの気持ちでサッカーを扱いたいですね。
もうすぐ、あと少しでワールドカップが始まります。
4年に1度、我々の国にサッカーを改めて伝え、根付かせる大きなチャンスがやってきました。
我々の代表がどんな闘いを見せられるのか。
確かにその結果次第では、今後のサッカー人気に影響はあるでしょう。
勝ってくれるかもしれないし、残念ながら負けてしまうかもしれない。
大切なことは。
いかなる結果になっても、我々伝えるメディアが大切にしなくてはならないことは。
結果だけに一喜一憂することなく。
その中身をきちんと検証し、未来に向けた形で伝えていくことが求められます。
ワールドカップを通じて、サッカーの素晴らしさを伝えること。
日本代表を応援しながら、これまで以上にサッカーに関心を持ってもらえるように。
サッカーの楽しさ、素晴らしさを伝えていくことが我々には求められます。
NHKを筆頭に民放各局が今回もワールドカップを扱うことになりますが。
それぞれのカラーは持ちつつも。
サッカーとサッカー選手、監督に対するリスペクトの心をきちんと持って臨み。
サッカーをより多くの人に親しんでもらえるようなワールドカップにしていきたいものです。
僕はTBSにて日本でも現地からでも、これからの日本サッカーの為に自分に出来る最善を尽くします。
全てを懸けて闘う男たちに失礼のない仕事をします。
サッカーには相手がいます。
相手がより素晴らしければ、当たり前ですが負けるのがサッカーでありスポーツです。
試合は当たり前に勝つ為に臨むもの、応援する側も当たり前に勝つ為にそこに足を運び声をあげます。
それでも望む結果ばかりが手に入るわけではないのがこの世の常です。
だからこそ、世界最高のコンペティションであるチャンピオンズリーグにおいて。
前人未到の3連覇を達成したレアルマドリードの凄さと素晴らしさを、きちんと伝えなくてはならないと思いました。
そう思ったし、そう言葉にしました。
そして、破れたリヴァプールも。
リヴァプールらしい素晴らしくアグレッシブな闘いを見せてくれたことに対し、きちんと言葉にして伝えました。
破れた側にも素晴らしさがあり、決勝まで辿り着くまでのストーリーがあります。
如何に目の前で起きた事象を伝えるべきか。
昨晩の試合では、改めて考えました。
どちら側に視点を置くかでも、伝え方とその中身は全く変わる。
だからこそ、我々のような仕事が存在していると思うし。
解説者にも様々な視点があり、言葉があります。
カリウスにとっては、一生忘れられない試合となったでしょう。
顔を上げるのも辛かったに違いない試合後。
誰の顔を見るのも辛い状況下、最後まで声援を送ってくれたリヴァプールサポーターのところへ足を運び謝罪をしたカリウス。
そしてそのカリウスを大きな大きな拍手で包み込んだリヴァプールサポーター。
本当に素晴らしい光景でした。
キエフまでたどり着いてくれた、自分達を連れてきてくれた、夢を見させてくれたチームと選手に対し。
サポーターからの心からの愛情と感謝を感じました。
あっと驚くようなことが起きた今シーズンのチャンピオンズリーグ決勝戦でしたが。
自分自身のあり方を改めて考えさせてもらえる機会となり。
また、サッカーの持つ素晴らしさを教えてもらえた。
そんな時間となりました。
サッカーは美しい。
フランクフルトからの機内にて、暇だったので書いてみました。
それでは。