線は、僕を描く(22) | 戸田学の映画誌

戸田学の映画誌

映画を中心とした事柄をあれこれ書いてゆく雑記帳です。

『流浪の月』『アキラとあきら』(22)でここのところ俳優としての進境著しい横浜流星が、過去を背負いながらも水墨画との出会いで人間として成長してゆく物語。

原作は砥上裕将の同名小説。監督は、『ちはやふる』3部作(16~18)で手堅い青春群像を描いた小泉徳宏。脚本は、その小泉と『町田くんの世界』(19)の片岡翔。

 

青山霜介(横浜流星)のアップ。呆然と見つめている。その瞳に涙が潤んでくる。

大きな神社である。見つめる先には椿を描いた水墨画。署名には「千瑛」とある。

社殿の廊下から、作業着に頭には手拭いを巻いた西濱(江口洋介)が「青山くん、手を貸してくれないか」と声をかけられる。

青山は、アルバイトでこの会場に水墨画の展示会の設営にきていた。

西濱は学校を訊ね、

「すごいね。弁護士になるの?」

「なんにもならないかも」

「なんにもならないで何かに変わっていくかもね、人ってね。青山くんはこんなの見るの初めて? うちの会が毎年、貸して貰ってるの。宮司さんの好意で。君だけでも来てくれて助かったよ。帰りにお弁当でも食べて行って!」

控えの部屋で箱からプラスチック容器の弁当を取ったら、霜介の手にケチャップがついた。そこに上品そうな初老の男がやってくる。メガネをかけ、口と顎にヒゲがある。「設営お疲れさま」とハンカチを渡してくれる。そして「よし、こっちにしようね」と、プラステック容器の弁当でなく、紙箱の上等そうな弁当を手渡してくれる。

「いや、それは…」「心配しないで…大丈夫」。蓋を開けるとステーキ弁当だ。

男は、自分の弁当から肉を取って、霜介の弁当へと入れる。「医者に止められてるんだ。水墨画は初めてか」「はい、ちゃんと見るのは」「君の目にはどう映った?」。

そこへ西濱が来て「こっちにいらしたんですか?」「いいところだったのに」「千瑛ちゃんの手が足りないので。やっぱりヘソを曲げてるみたいで」。男はチラッと霜介を見る。西濱は「あ、君がいたか」。

野外の会場には大勢の人が集まっている。その中には古前巧(細田佳央太)と川岸美嘉(河合優実)がいる。霜介は設営の手伝い。「あれ、霜介だ」。

司会の女性が「篠田湖山先生です!」。そこへ先程の初老の男が着物姿に着替えて廊下を歩いてくる。それが篠田湖山(三浦友和)だ。霜介は観ている。

湖山は広い用紙の前に立ち、目をつむり、そして目を開いて、筆で一気に書き下ろす。山々に、滝、そして中央で鷲が飛び立とうとしていた。西濱がうなずく。湖山は鷲の目を入れ、「湖山」と書き入れる。呆然と見ている霜介。司会者は「湖山先生、どうぞ」と声をかけるが、湖山は反対の方へ歩いていき、そこでしゃがんで霜介を手招き、「私の弟子になってみない?」。

 

タイトルは、白い紙に墨字で出る。

 

西濱の運転する小型トラックに揺られて、霜介は湖山の屋敷へとゆく。霜介はまず墨の匂いにびっくりする。

二階の部屋で湖山は「よく見てて」と画を書き、「これは春欄。ここには私の教える水墨のすべてが入っている。これを極めたらほとんど絵に描けるだろうね」。

霜介はいう。「有難い話ですが、内弟子として家族になるなら自分にはもったい」

「では、湖山墨絵教室の生徒としてはどうだろう」「ぼくには出来ないと」「出来るか出来ないかじゃない。やるか、やらないかだよ」

 

冒頭からサァーーッと物語が進んでゆく、この語り口。霜介は絵の練習を終え、両手にもった墨を捨てるために屋敷内をうろついていると、そこに真剣に絵を描いている篠田千瑛(清原果耶)がいる。光が差し込んでいる。

 

もうこのシーンだけで、清原果耶、演技派の大女優――例えば原田美枝子クラスに将来はなるのだろうな、と予感する。そしてこの場面だけでなく、時に映像の照明の使い方も面白い。

 

横浜流星の生真面目さ、そして江口洋介の陽気さ、三浦友和の飄々とした風姿、この映画の俳優ののびのびした演技が心地よい。

富田靖子がひとりデフォルメした芝居をするが、これは劇のメリハリみたいなもので楽しい。若手の細田佳央太も河合優実も自然だ。

「椿」がひとつのキーワードであるかも知れない。

 

10月21日(金)公開。